- 吉田秀和『音楽の旅・絵の旅』(中公文庫)1979年
私が一番気に入っているのが、「ナショナル・ギャラリーにて」という54ページから67ページまでの短い章。ここで著者は、「芸術とは何だろうか?」という大きな問題を考察している。換言すると、芸術と人生の関係を考察している(芸術というと堅苦しいが、ここでは音楽と絵画の両方を指す言葉である)。芸術と人生は別個に存在するものなのか(ルノワール、モネなど)、芸術は人生に対し対等の立場で問いを発するものなのか(カスパール・フリードリヒなど)、あるいは、芸術とは「人生の精髄を集約し」「人生をすっぽり包んでしまう」ものなのか(ヴァーグナー)。よくある問いかもしれないが、吉田秀和の文章で読むともう一度考えざるをえない。特にヴァーグナーに対する筆致は熱いものがあるだけに読ませる。今回、ヴァーグナーを聞く機会はなかったものの、私は「芸術」に何を求めているのか、答えのない問いを考えざるをえなかった。
また、その後の章に出てくる「私は、新しいことを経験するために生まれてきたわけではないということを、このごろになって、しみじみ思うようになった」という言葉は(71ページ)、今の私にとって重い。今回の旅は新しいことの連続で、まさしく「新しいことが、新しいというだけで」十分意味を持っていたのである。
前回は読みおとしていた、「何かが「美しい」と感じられたら、私たちは気をつけなければならない。「美しさとは、君が誤解した証拠だ」(ニーチェ)」はバイロイトの感想を述べている個所、40ページに出てくる。これも、今回の旅で折に触れて思いだした言葉だ。
10年後ぐらいにこの本を読みなおしてみれば、また新しい発見があるかもしれない。もっとも10年後、私はどこで何をしているか、全く予想できないけれど。
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