2009年11月29日日曜日

見る交響曲~ハイドンとシュニトケ

  1. ヨーゼフ・ハイドン:交響曲第45番嬰ヘ短調「告別」
  2. アルフレード・シュニトケ:交響曲第1番
アレクサンドル・ティトフ指揮、サンクト・ペテルブルグ交響楽団
11月29日 フィルハーモニー大ホール 19:00~


ものすごくマニア受けしそうなプログラムである。もしこの2曲の共通点を即座に理解した人がいたら、相当なマニア。実は両曲とも、演奏家が演奏の最中に退場する。シュニトケの場合はそれにとどまらないが、まあそれはまた後で。指揮したのは、最近Northern FlowersからWartime Musicというシリーズを出しているアレクサンドル・ティトフ(これで何の事だか分かる人も、相当なマニア)。Wartime Musicといい今回のプログラムといい、この人、マニアックなプログラムが好きらしい。オケはフィルハーモニーの「第2オケ」である。

1曲目のハイドン。第一ヴァイオリン10人という大きめの編成で、一昔前のスタイルでの演奏。古楽奏法ほうが「疾風怒濤」という雰囲気が出て好きだが、中途半端にまねするよりはいいかも。それにこの曲はやっぱり終楽章で、演奏の最中なのに、団員が少しずつ去っていくのを目で確認するのが何よりも面白い。しかも今回はご丁寧にもロウソクを用意して、各団員の横で火を灯していた。奏法はともかく、この部分だけは忠実に再現したわけだ。ロウソクを吹きけすのは面白かったけど、ちょっと危ない「火遊び」ではなかろうか。フィルハーモニーは客席の出口が一つしかなく、いざ火事となれば大惨事は必至だからだ。

衝撃的だったのは、後半のシュニトケ。CDで聞いたことはあったけど、1時間切れ目なく続くノイズと無秩序な引用の嵐に耐えられなかった。しかし生で「見ると」面白い。

まず舞台上にオーケストラがいないのに、鐘が乱打され(鐘は要所要所で鳴らされる)、団員たちが駆けこんできて、てんでバラバラに弾きはじめる。最後に指揮者が登場し、曲が本格的に(?)スタート。あとは混沌の1時間。ベートーヴェンの引用があったり、ショスタコーヴィチ風のマーチになったり、ジャズを始めたり、壮麗にパイプ・オルガンが鳴りひびいたり。これらが猛烈な不協和音の中から浮かびあがってくる。オーケストラでやるノイズミュージックと言えばいいだろうか。視覚的にも面白く、途中で管楽器群が演奏しながら退場し、しばらくすると戻ってきた。そういえばシュニトケって、ヴァイオリン協奏曲第4番でも「視覚的カデンツァ」というのをソリストに要求してたっけ。最後のほうも、団員が次々と退場し、指揮者も出ていって、残ったヴァイオリニスト2人が、ハイドンの「告別」の引用を奏でる。これで終わりかというと、そうではなく、また鐘が乱打され、冒頭の再現。指揮者が再登場し、全オーケストラで和音を奏でたところで終わり。最後まで何が起こるか分からない。いや~凄い1時間だった。

こんなマニアックなプログラムなのに、客席はなぜかほぼ満席。なんで?ただやっぱりシュニトケはきつかったらしく、今回は演奏の最中に退席する人の姿が目立っ た。でも演奏終了直後に大きな拍手が起こったことを考えると、シュニトケのことを知っていて来た人も結構いるということか。シュニトケって、ロシア人の あいだでどの程度知られているのだろう。

「第2オケ」って、こちらに来てからあまりいい演奏を聞いたことがなかったので、期待していなかったのだが、今日は突然別のオケになったように生気があった。今日に限っては「第1オケ」よりもマリインスキーよりも良かったと言っていい。つまり、この街に住むようになってから聞いたロシアのオケのコンサートの中で、今日が一番楽しかったのだ。いつもの癖のある金管の音色も、シュニトケに関してはそんなに問題にならない。オケ全体の荒々しいパワーが、シュニトケと見事にマッチしていたし、それを統率していたティトフも見事だった。

シュニトケの交響曲第1番は、名作とは言えないかもしれないけど、「音楽とは何か?」と問いかけてくる問題作であることは確か。ソ連が生みだした音楽の極北だと思う。この曲に生で(しかも高い水準の演奏で)接することが出来たのは、一生ものの収穫。

「ロシアのクラシックはちょっと期待外れだった」と書いた翌日に、これだけ絶賛するのはおかしいかもしれないが、でも良いものは良いのだから、しょうがない。

2009年11月28日土曜日

ダイアナ・クラール in St. Petersburg


11月28日 リムスキー=コルサコフ音楽院 19:00~

これは完全に、ネームヴァリューに惹かれて行ったコンサート。ある時マリインスキー劇場に行った際、目の前のリムスキー=コルサコフ音楽院に大きなポスターがかかっているのを発見。「Дайана Кролл?聞いたことある名前だなあ」と思って家に帰って調べてみると、結構な大物であることを知る。つまりその程度の認識だったのだ。私はジャズも聞くけど、かなり好みが偏っているので。さすがに平原綾香の時のように、最前列で600ルーブルとは行かないものの、2階席で900ルーブルだったらまあいいかというわけで、チケットを購入。

実際に聞いてみて、なぜ私がこの人に今まで出会わなかったか理解できた。確かに巧い。声は安定しているし、ピアノも、最近聞いたクラシックのピアニストほど美しいタッチというわけではないが、指はよく回る。バックの3人も十分なテクニックでもって、彼女を支える。特にバラード系の曲では、彼女の重量感のある声が、威力を発揮していた。

でも正直に言うと、「この程度の水準なら、ペテルブルグのライブハウスで出会うことも難しくないなあ」というものだった。非常に安定した演奏を聞かせてくれるのだが、見方を変えると今一つジャズ的なスリルが足りないという気がしたのだ。ヴォルコフなどを聞いているときに感じる、崩壊寸前の「危うさ」がないというのか。とにかく私は、クラシックでもジャズでも「前衛的なもの」に惹かれるらしい(まだ若い証拠?)。

あと、なぜか会場が普段バレエをやっているホールで非常に広いので、ジャズに不向きだったということもあるかもしれない。平原綾香の時のように、目の前で聞けばもっと印象が良かった可能性はある。平原綾香の場合は、目の前で生の声を聞いてノックアウトされたということがあるから。本当に、なぜ音楽院だったのだろう?

ロシアに来てから半年以上。ロシアのクラシックはちょっと期待外れだったけど、、その分ロシア・ジャズを発見できたのは収穫だった。残りの滞在期間で、この評価はどうなるだろう。

サンクト・ペテルブルグ弦楽四重奏団

  1. アレクサンドル・グラズノフ:3つのノヴェレッテ
  2. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第11番ヘ短調「セリオーソ」
  3. アレクサンドル・ボロディン:夜想曲
  4. フェリックス・メンデルスゾーン:弦楽四重奏曲第1番変ホ長調
サンクト・ペテルブルグ弦楽四重奏団
11月27日 ベロセリスキー=ベロゼルスキー公邸 19:30~


実は私は、弦楽四重奏という形式が苦手である。ベートーヴェンもショスタコーヴィチも、交響曲や協奏曲は好きなのに、弦楽四重奏はなんだか食指が動かない。両者とも「弦楽四重奏を聞かずして~」みたいなところがあるのに、凝縮されすぎているような気がして、気が休まらないのだ。ピアノが1台加わったピアノ五重奏という形式は、協奏曲みたいで好きだけど。弦楽四重奏の中で比較的好きなのは、バルトークとラヴェルである。

でもお誘いを受けたこともあり、ここらへんで弦楽四重奏にも挑戦してみようというわけで、出かけることに。初めて耳にする団体だったが、意外と上手かった。特にチェロが安定している。お国ものとドイツものを組みあわせたプログラムだけど、一番楽しめたのは、最初のグラズノフだろうか。曲自体にユーモアがあり、彼らの演奏もつぼにはまっていたような気がする。

基本的にファースト・ヴァイオリン主導型の演奏だったような気がするけど、このファーストの音色が、ほかの3人に比べて少し浮いていたのが、気になった。特にメンデルスゾーンでその傾向があったような気がする。彼らは、ショスタコーヴィチやバルトークでは、どういう演奏を聞かせてくれるだろうか。アンコールで弾いたシュルホフ(曲名は聞きのがした)が結構良かっただけに(あるいは、単なる曲に対する好みの問題!?)、もっとモダンな曲の演奏も聞いてみたい。

2009年11月21日土曜日

スナイダーがロシアのオケを指揮してブルックナーを

  1. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番ハ短調
  2. アントン・ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調
ニコライ・スナイダー指揮、マリインスキー劇場管弦楽団、サリム・アブド・アシュカル(ピアノ)
11月21日 マリインスキー劇場コンサートホール 19:00~


ほとんど、物珍しさに惹かれて行ってしまったコンサートである。

まず、こないだヴァイオリンを弾いたスナイダーが指揮をするという。彼が指揮することを知らなかったので、この点に興味を覚えてしまった。しかしマリインスキー劇場のHPによれば、マリインスキーを指揮するのはこれで2度目。他にも、ミュンヘン・フィルやチェコ・フィル、フランス放送フィルなど、結構な名門オケを振っている。どうやら、「余技」ではないようだ。そのうち指揮者としてのCDも出すかも。

次に、ロシアのオケ相手にブルックナーを取りあげるという、その勇気(あるいは無謀さ)に驚嘆してしまった。ロシアでは滅多にブルックナーなどやらないのだ。そういえば、前回も書いたようにブラームスの交響曲も意外とやらないし、シューマンの交響曲もあまり聞かない(来月、フィルハーモニーで4番を取りあげるけど)。案外ロシアとドイツ・ロマン派の交響曲って、縁遠いのだろうか。

それはともかくとして、ブルックナーというのは指揮者の中でもその奥義を極めた人が取りあげるというイメージがあるだけに(朝比奈隆のイメージが濃すぎ?)、まだ若いスナイダーが、よりによってブルックナーに全く慣れていないと思われるマリインスキーのオケを振ってブルックナーに挑戦するということに、驚いてしまった。確かにソリストをやっていたら、ブルックナーなんて弾く機会がないけど。

さて、まずはベートーヴェン。スナイダーの指揮ぶりはあまり流麗ではなく、どちらかというと堅い印象を受けたが、でもオーケストラは結構充実した響きを出している。アシュカルはイスラエル出身の若手だそうだが、今日の演奏を聞いただけでは、特に良いとも悪いとも言いがたい。ベートーヴェンの3番をそれほど聞きこんでいないせいもあるだろうけど。むしろ、アンコールで弾いたブラームスの間奏曲のほうに、この人のタッチの美しさが活きていたように思った。

休息後、注目のブルックナー。全体を通して聞いた印象は、新鮮に響く部分もあったが、明らかに練習不足と思われる個所もあって、出来は大体予想の範囲内。ソロの出来もばらつきがあった。楽章を追うごとに荒削りになっていったところを見ると、おそらく楽章順にリハーサルをしていった結果、第4楽章で時間切れになってしまったのではないだろうか。スナイダーの解釈自体は興味深くて、堂々とした恰幅のいいブルックナーよりも、響やリズムを整理して、アグレッシブなブルックナー像を描きたかったようだ(たぶん)。驚いたのは、暗譜で振っていたこと。こないだエルガーを弾いた時は、楽譜を置いていたのに。普通逆だと思う(笑)。こちらの予想以上に、彼はブルックナーに精通しているのかもしれない。ブルックナーに慣れている、ドイツやあるいは日本のオケを振ったらどうなるだろうか、一度聞いてみたい。

ブルックナーという「聞きなれない」名前が敬遠されたのか、客席の埋まり具合は半分強といったところ。私の隣の席の女性など退屈したらしく、ブルックナーの終楽章の最中にiPhone で遊びはじめ、曲が終わる前に出ていった。朝比奈隆がブルックナーを振りはじめたころの日本も、(iPhoneはなかったにしても)こんな雰囲気だったのだろうか。

2009年11月17日火曜日

ゲルギエフのドイツ・レクイエム

  1. エドワード・エルガー:ヴァイオリン協奏曲ロ短調
  2. ヨハネス・ブラームス:ドイツ・レクイエム
ワレリー・ゲルギエフ指揮、マイインスキー劇場管弦楽団&合唱団、ニコライ・スナイダー(ヴァイオリン)ほか
11月17日 マリインスキー劇場コンサートホール 19:00~


ロシアでなぜかあんまり演奏されないのが、ブラームス。ソリストからの要望があるのか、協奏曲はまだ時々演奏されるが、意外なほどやらないのが交響曲。こちらに来て半年になるが、まだ一度も生で聞いていない。日本ではしょっちゅうブラームスの交響曲をやっている印象があるので、対照的な気がする。個人的にブラームスの交響曲は4曲とも大好きなので、ここのところちょっと欲求不満である。でも誰の指揮で、と言われると困るのだが。ゲルギエフ?テミルカーノフ?どっちもブラームスとは結びつかないなあ。

でもゲルギエフが何を思ったか、ブラームスのドイツ・レクイエムを取りあげてくれた。ヴェルディとベルリオーズのレクイエムに手をつけたので、次はブラームスとでも思ったのか(そして来年の6月には、ブリテンの戦争レクイエム!)。ゲルギエフ自体にはあまり期待していないけれど、ドイツ・レクイエムを生で聞ける機会もそう多いとは思えないので、行くことにした。

結果は可もなく不可もなくといったところか。マリインスキーによくあるパターンで、曲の良さは伝わったので大きな不満はないのだが、だからと言ってとても感動したとか、忘れがたいとか、そういうわけではない。やっぱり生で聞く合唱っていいよね、というレベル。ゲルギエフはこの曲を合唱主体の曲と捉えているのか(いや、その捉え方は間違っていないだろうけど)、今回はもっぱら合唱が前面に出てオーケストラは隠れ気味。合唱を聞きながら、ああいい曲だなあとは思ったものの、もう少しブラームスのオーケストレーションの面白さも活かせなかっただろうか。正直に告白すると、コンサート前に韓国料理店で食べすぎたせいか、聞いている最中睡魔に襲われて、時々うつらうつらしながら聞いていた。

ドイツ・レクイエムの前には、エルガーの大作(45分もかかる)ヴァイオリン協奏曲。ソリストは最近注目のニコライ・スナイダー。でもこの曲、初めて聞くので、スナイダーがどうこうという前に曲自体の印象のほうが勝ってしまう。ソロ・パートはものすごく難しいらしいけれど、パガニーニのような華やかさがあるわけではなく、チェロ協奏曲のように劇的というわけでもなく、実に渋い色調。おかげで、みんな弾きたがらない。

面白かったのは、第3楽章。弦楽器のちょっと変わったピチカートにのってソロ・ヴァイオリンが印象的な長いソロを奏でる。見たことないピチカートの仕方だったけど、あれはなんて言うのだろう。この部分、マリインスキーにしては珍しく、ソリストとともに緊張感のある音楽を作っていたような気がする。第2楽章の終わりも美しかった。いずれにしろこの曲、何度か聞けば楽しく聞けるようになるかもしれない。

以下、トリビア。
  1. なぜ今日は、ゲルギエフが普段と違って燕尾服を着ていた。
  2. 客席にアファナシエフが来ていた。

2009年11月15日日曜日

アファナシエフのショパン

フレデリック・ショパン:ワルツ 作品34の2、69の1、64の1、70の2、69の2、64の2
同上:ポロネーズ 作品26の1、26の2、40の1,40の2

ワレリー・アファナシエフ(ピアノ)

11月15日 フィルハーモニー大ホール 19:00~


もともと近代オーケストラの色彩感にあこがれてクラシックの世界に入った私にとって、ショパンはいまだに縁遠い作曲家である。ファンが多いのは頭では理解できるが、あまり積極的に聞こうという気になれない。たまに、ピアノ協奏曲第1番を聞く程度である。この曲に関しては、どうしようもなくショボイオーケストラをしり目にピアノが1人威張りちらしているのが、なんだかおかしくて面白い。

つまり今日のコンサートに行ったのは、アファナシエフが聞きたかったから。と言っても、アファナシエフのファンというわけでもなく、むしろ極遅テンポで変な解釈を披露する「変態ピアニスト」というイメージだった。ただラジオやCDも含めて一度もまともに聞いたことがないので、食わず嫌いになる前に生で一度ぐらい聞いておいてもいいだろうという、軽い気持ちからに過ぎない。だからチケットも一番安い100ルーブル。良し悪しは別として、なんかやってくれるのではないかという期待があった。

私が今まで聞いたピアニストの中で一番面喰ったのは、高橋悠治。2005年の春、札幌でバッハのイタリア協奏曲とゴールドベルク変奏曲を演奏してくれたが、いずれも馴染んでいたグールドの演奏とは似ても似つかない解釈で(歌い方が全然違う!)、聞いている間ずっと「?」が頭の中を駆けめぐっていた。そもそも舞台に出てきたときから、ピアニストというよりひょうひょうとした近所のおっちゃんという感じで、それも「!?」。でもアンコールで弾いたサティは、会場の空気が一変するぐらいとても良かった。

それに比べればアファナシエフはずっとまとも(当り前か…)。ショパンのワルツもポロネーズもきちんと聞いたことがないので、その分、彼の解釈に違和感を覚えなかったというのもあるだろう。テンポは(たぶん)遅めだし、躍動感もあまり感じない。でもリズム感を完全に殺してしまっているわけではない。むしろリズム自体は、しっかりと生かしている。

ただアファナシエフのショパンは、ずいぶんと内省的である。小説に例えると、登場人物の心理的駆けひきや独白が続くような物語。あるいは全体を覆う不安感や焦燥感は、晩年のシューベルト(シューベルトもそれほど聞いているわけではないが)に通じるものがあると言えるかもしれない。これがショパンの「本質」なのか、それともアファナシエフが自分の色にショパンを染めてしまった結果なのか、ショパンをほとんど聞いていない私にはは分からない。でもショパンにそれほど思い入れのない私には、これはこれで面白かった。

2009年11月14日土曜日

ヴォルコフの追っかけ~ペテルブルグでジャズを聞く。その2

今週の火曜日、またJFCに行った。今回聞きたかったのは、ベーシストのウラジーミル・ヴォルコフ率いるヴォルコフトリオ。ヴォルコフのほかに、ギターのスラヴァ・クラショフとドラムスのデニス・スラドケヴィチがいる。9月にmuch betterという彼らのアルバムを買ったらとても面白く、それ以来注目するようになった。このアルバムではいろんなミュージシャンをゲストに招いて、民族音楽とジャズの融合(フュージョン)みたいなことをしているが、今回は3人だけで、民族音楽的なことはあまりしていなかった。でも日本で言うところのフュージョン色があることには、変わりはない。

この日はギターのクラショフが最初から「トランス状態」で、演奏に没入していた。この人、この調子で最後まで持つのかなと思っていたら、人間より先に楽器のほうがくたばってしまい、休息後の演奏で、2曲続けて弦が切れるアクシデント。その場ですぐに弦を張り替えている間、残った2人が即興演奏でつないでいた。ここら辺のスリリングな臨機応変ぶりは、ジャズならではという感じがする。

休息時間に、家にあった彼らのCD2枚を持っていて、サインをお願いしたところ、たまたまそのうちの1枚が今では入手困難な彼らのファースト・アルバムだったらしく、「一体どこで手に入れたんだ!?」と驚かれた。これで気にいってくれたのか(そりゃ、東洋人がサインをお願いに来るなんて、珍しいだろうから)、ヴォルコフが見かけによらない甲高い声で「明後日A2というライブハウスでまた演奏するよ」と教えてくれた。

そこで木曜日、A2というライブハウスに行ってみたが、ここはもうジャズを通りこしてロック系の世界。日本ではロックのコンサートなんて見向きもしないのに、なんでロシアだと気軽に来てしまうのか自分でも不思議なのだが、「どうせどこに行っても異邦人だから」という意識が、フットワークを軽くしているのかもしれない。

この日はレオニード・フョードロフという歌手(兼ギター)とヴォルコフによるデュオ。ヴォルコフは時々ピアノも弾く。彼らのCDは実は火曜日に買っていたので、大体の雰囲気は想像できた。フョードロフの荒っぽいだみ声と、ヴォルコフの一筋縄ではいかないベースが、聞き手に絡みついてくる。ステージに向かって右側にノリのいい一団(?)が陣取っていて、よく曲名(?)を叫んでリクエストしていた。

ただちょっと参ったのは、開始時間。本来は夜の8時開始だったのが、なぜだかいつまでたっても始まらず、結局演奏が始まったのは8時55分。その間、なぜかアーティストの2人は端のVIP席で、ずっと女性たちと談笑していた。こちらは立ち見席だったので、待ちくたびれてしまったというのが正直なところ。ロシアで時間通りコンサートが始らないことはよくあるけど、さすがにこれは最長記録。

2009年11月8日日曜日

フィルハーモニーでのマーラー~「復活」編

グスタフ・マーラー 交響曲第2番「復活」
ワシーリー・シナイスキー指揮、サンクト・ペテルブルグ交響楽団、ミハイロフスキー劇場オペラ合唱団ほか

11月8日 フィルハーモニー大ホール 19:00~


ペテルブルグのフィルハーモニーのコンサートは、いくつかのテーマごとのシリーズになっていて、今シーズンはその中にマーラー・シリーズがある。ここには専属のオケが2つあるが、その2つによってマーラーの交響曲のうち、1から6番までがすべて演奏されるというものだ。実はマリンスキーのほうでも、今年の末から来年の春にかけて、マーラーの交響曲が全部取り上げられることになっている。こちらはすべてゲルギエフが指揮する。ロシア人って、そんなにマーラーが好きなのか??マーラー・チクルスを両方でやるぐらいなら、どちらかでブラームス・チクルスをやってほしいのだけど。

それはともかくとして、今日演奏されたのは2番「復活」。マーラーは小6の時に初めて聞いて以来(有名なワルター指揮、コロンビア交響楽団による1番のレコード)、ずっと好きな作曲家だけれども、何番が好きかはコロコロ変わっている。最初は1番で、その後5番になって、その後は6番になったり「大地の歌」になったり…。でも最近は2番が好き、というわけで今日聞きにいった。今日のオーケストラはフィルハーモニーの通称「第2オケ」、Академический симфонический оркестр филармонии。前にも書いたような気がするけど、このオケ、個人技はともかく、アンサンブルを整えるのが下手というイメージがある。今日聞いても、そのイメージは変わらなかった。いや、今日はソロもちょっと危なかったような。

シナイスキーは早めのテンポで(全体で80分弱。間違いなくCD1枚に収録可能)シャープに決めたかったようだけれども、オーケストラがあちこち事故を起していて、なかなかそうもいかず。マーラーの複雑なスコアが整理しきれていない。冒頭からいきなり木管が吹き損ねるし。ロシアのオケにありがちな話だけれども、リハーサルの時間が足りなかったんじゃないだろうか。これだったら、札幌にいたときに聞いた、札響の500回記念定期演奏会での「復活」のほうがはるかに良かったと思った次第。「芸術の都」と呼ばれるペテルブルグに来て、札響の株が自分の中でどんどん上がっていくのは、複雑な気分。

2009年11月7日土曜日

マリインスキーの描く「中国」~ストラヴィンスキーの「ナイチンゲール」ほか

イーゴリ・ストラヴィンスキー オペラ=オラトリオ「エディプス王」
同上 歌劇「ナイチンゲール」

ミハイル・アグレスト指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団、ほか

11月7日 マリインスキー劇場 19:00~


ストラヴィンスキーの「エディプス王」はちょっと思い入れのある作品で、サイトウ・キネン・フェスティヴァルで収録された映像を子どものころ見て、強いインパクトを受けた。親からは、変な眼で見られたが(苦笑)。ただ思い入れがあるせいか、今日の演奏はいささか期待外れ。むしろ初めて聞く「ナイチンゲール」のほうが、楽しかった。ただしそれは、演出が楽しかったということ。

「エディプス王」は、歌手たちがラテン語に苦労していたようだったし、オーケストラの音もイマイチパッとしない。エピローグなんて、もっと派手にトランペットのファンファーレを鳴らしてくれたほうが好み。歌手とオケのアンサンブルも、ところどころずれる。演奏会形式だったら、もっと合っただろうが、これがオペラ形式で演奏する難しさか。エディプス役のティムチェンコの声は柔らかくて、それ自体は好きだったけど、威厳はあまり感じない。若くして大任を背負わされた王という感じである。

「ナイチンゲール」のほうは、ほとんど主役のコロラトゥーラを聞くためのような作品で、今日歌っていたティフォノヴァも悪くはなかったけど、でももっと上がありそうな気がする。それよりも楽しかったのは演出。カメラを持ってきて、カーテンコールだけでも写せばよかったとちょっと後悔したほど。昔の中国が舞台だけれども、京劇を模したと思われる衣装を着けていて、これが意外と頑張っていた。もちろん京劇そのものの衣装とは違うけれど、何となく雰囲気でデザインしたのではなく、ちゃんと勉強した跡がある。日本から来たものとして、それほど違和感はなかった。時々失笑してしまうような振る舞いがあったけれど(お辞儀のしかたとか)、まあいいでしょう。

舞台には黒と白と黄色のすだれ(らしきもの)が垂れさがっていて、よく見るとそれぞれ「死」「生」「富」と書いてある。またナイチンゲールの衣装には、胸のところに「生」と書いてある。場面によって白と黄色のすだれが上がったり下がったりして、オペラの方向性を暗示していた。漢字が読める人には分かりやすい演出だが、ほとんどのロシア人は気がつかなかったのではないか。でも関係のない漢字を演出で使われるよりは、ずっといい。

2009年11月6日金曜日

私的ジャズ週間~ペテルブルグでジャズを聞く


この一週間、気が付いたらジャズ漬になっていた。

モスクワでライブ・ハウス「ドム」に行って以来、ペテルブルグでもライブ・ハウスに行きたいなと思っていたものの、バタバタしてなかなかその機会が訪れず。近所にライブ・ハウスがあることは、知っていたのだが。そうこうしているうちに10月ももう終わりとなったので、とうとう10月30日に「今日行こう」と行くことにした。

行ったのは、JFCというジャズ・クラブ。立ち見で200ルーブル、座りたければ400ルーブル。お酒やコーヒーなどの値段は、そこらへんのバーと変わらない。むしろ安いぐらいかも。聞いたのは、アンドレイ・コンダコフ・トリオ。ピアノ、ベース、ドラムスという一般的な編成で、ノリのいいジャズを奏でていく。曲は彼らのオリジナル。3人とも上手いが、特にベースの人が上手い。時々見事な超絶技巧を見せる。指の動きが恐ろしく早いが、音がかすれることがない。音程も正確。もちろん、リズム感は抜群。近所のクラブにこんな上手い人が出演しているなんて知らなかったなあと思いながら聞いていると、休息前のメンバーの紹介で、ベースはウラジーミル・ヴォルコフだと言う。はっ!?ウラジーミル・ヴォルコフって、あのCDをいっぱい出しているヴォルコフ!?お店の人に確認してみると、そのヴォルコフらしい。

実はモスクワでロシア・ジャズのCDを集めはじめてから、ヴォルコフというベーシストに着目するようになったのだが、まさか近所のライブ・ハウスに出演しているとは思いもよらなかった。何たる不覚!!どうりで上手いわけだ。この人のCDは日本ではあまり手に入らないが、間違いなく現代ロシアを代表するジャズ・ベーシストだと断言できる。

JFCでは一枚300ルーブルでロシア・ジャズのCDも売っていて、JFCオリジナルの2枚組もある。どうせまた来るだろうと思いつつ、CDを3枚買って帰る。

JFCに行ったのが金曜日で、次は日曜日、ショスタコーヴィチ名称フィルハーモニーでジャズのコンサートがあると言うので、出かけた。ペテルブルグにおけるクラシックの殿堂でジャズを聞くのも面白いと思ったのだ。実はこのコンサート、ピアノ、ベース、ドラムスのメンツは金曜日と同じ。そこにギター、ヴィブラフォン、トランペットが変則的に加わる。ここでも彼らのオリジナル曲が中心で、私が知っていた曲はセロニアス・モンクの「べムシャ・スイング」だけだった(もともとジャズのナンバーなんてそんなに知らないけれど)。

前半は聞いていてイマイチ乗れず、「やっぱりジャズはライブ・ハウスで聞くのに限るのかなあ。でも昔、大阪のザ・シンフォニー・ホールで聞いたW.マルサリスとリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラの演奏は楽しかったなあ」と勝手なことを考えながら聞いていたが、後半は面白かった。特にドラムスを欠いて、ピアノ、ベース、トランペットでやったいささかフリーな雰囲気の演奏が、緊迫感があって面白かった。実は同じメンバー(ピアノ:アンドレイ・コンダコフ、ベース:ウラジーミル・ヴォルコフ、トランペット:ヴャチェスラフ・ガイヴォロンスキー)によるCDを持っていて、家に帰って聞いてみたが、家で聞くとそれほど面白くない。CDと実演の違いなのか、曲の違いなのか。

それはともかく、これに味をしめて水曜日、ロシアは休日だったこともあって、もう一回ジャズを聞きに行くことにした。今度はジャズ専用のフィルハーモニーである。実際に足を運んでみると、「国立ジャズ・フィルハーモニー」と入口に書いてある。国立でこんなものを作っているのだ。

中に入ると、お客がみんな着飾ってきている。チケット代は800ルーブル。クロークにコートを預けた後、高級ディナーショーでもやるような会場に案内された。客の年齢層も、こちらのほうが高そうだ。飲んでいるのも、おしゃれなカクテルだったり(JFCはビール)。まさしく「大人の世界」。JFCの延長のノリで来た私は、すっかりたじろいでしまった。

でも演奏を聞いているうちに、そうした会場のことはあまり気にならなくなった。この日の演奏は、レニングラード・ディキシーランドというグループだったが、名前からして分かるように、彼らはクラシックなジャズの名曲を取りあげる。その点でも、JFCとは対照的。もう結成から半世紀が過ぎていて、都市の名前が変わっても、グループの名前は変えなかったようだ。さすがに演奏者の年齢層は高そうだが(クラリネットの人だけ若そうだった)、音だけ聞いていればそんなことには気がつかないほど、演奏は若々しい。曲も親しみやすいので、安心して聞いていられる。個人的にはバンジョーのおじさんの、だみ声のヴォーカルが気にいった。

この会場、客席の後ろにダンス用の空間があり、そこでフィルハーモニーのプロのダンサーが曲に合わせて踊る。別にプロのダンサーだけではなくて、踊りたければ普通の客も踊っていい。曲によっては、所狭しと何人もの人が踊っていた(なぜか私の隣に座っていた女性が、何度もダンスに誘われていた)。800ルーブルだとそう頻繁には来れないけれど、でも月に1,2回は来てもいいかも。

というか、クラシックのコンサートに行きまくっている上にジャズ通いまで始めてしまうと、収拾がつかなくなる気がするのだが…。

*写真はジャズのフィルハーモニーで踊りに興じる人たち。あえて、ピンボケした写真を掲載。