2010年11月27日土曜日

K. リンドバーグ&北極フィル in マリインスキー

  1. オレ・オルセン:トロンボーン協奏曲 作品42(世界初演)
  2. エドワルド・グリーグ:ピアノ協奏曲イ短調 作品16
  3. クリスチャン・リンドバーグ:コンドルの峡谷(トロンボーンと金管五重奏のための)
  4. ピョートル・チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調 作品64
クリスチャン・リンドバーグ指揮&トロンボーン、アークティック・フィルハーモニー管弦楽団、クリスチャン・イリ・ハードランド、マリインスキー劇場金管五重奏団
11月26日 マリインスキー・コンサートホール 20:00~


アークティックとは「北極の」ということ。要は「北極フィルハーモニー管弦楽団」。ウラジオストクには「太平洋交響楽団」という大層な名前のオーケストラがあるが(ただし技量は日本のアマオケ以下)、負けず劣らず凄い名前だ。しかも指揮者に「トロンボーンのパガニーニ」の異名を取るクリスチャン・リンドバーグを迎えている。

このオケ、2009年にできたばかりの新しいオーケストラ。もちろん一から作ったわけではなく、いくつかの室内管弦楽団や、軍楽隊のメンバーから成り立っている。面白いことに、管楽器の奏者の半分近くは軍楽隊の制服を着ていた。

このコンサート、お目当てはリンドバーグだったものの、終わってみればなんだか視覚的印象が強くて、音そのものは実のところあまり覚えていない。

オケの団員はみんな黒っぽい服を着ているのに対し、リンドバーグは一人だけ、アロハシャツの一歩手前のような派手なシャツに、足のラインがよく分かるぴっちりした黒いズボンをはいて出てきた。しかも笑いながら走って出てくるものだから、今からクラシックではなく、ラテンジャズでも始めるのかというような雰囲気。

トロンボーンに革命をもたらしただけのことはあって、細かいパッセージもきっちり吹きこなすが、最初のうちは、高音域がやや詰まり気味。全盛期は過ぎたか?彼の本領が発揮されていたのは、オルセンの協奏曲(この曲、1886年に書かれて埋もれていたのを、今になって初演したらしい)よりも、自作自演のほうだと思う。さすがに自分の名人芸を誇示するために作っただけのことはあって、よい意味での曲芸的な愉しさがあった。マリインスキーの金管五重奏も見事。パガニーニもショパンもリストも、もともと自分の名人芸を聞かせるために作曲していたのであって、こういう作曲のあり方こそ「正しい」のかもしれない。

しかし「吹き振り」の最中も、グリーグの伴奏を振っている最中も、なんか変だなあと思っていたのだが、休憩時間に気がついた。何のことはない、リンドバーグは左利きなのだ。それでトロンボーンを右手に持って、左手で指示を出す。あるいは指揮棒を左手で持つ。それでなんだか違和感があったのだ。ちなみにその振り方は、なんだか手旗信号みたいで、ちょっとおかしかった。自分でもまだまだ研究したいらしく、自分で舞台の後ろにビデオカメラを設置して、自分の指揮姿を映していた。

演奏そのものは、奇をてらうことのない、正攻法なものかなあと。逆に言うと、ちょっとインパクトに欠けるきらいがある。オーケストラともども、今後どこまで成長するか未知数。

コンサートのプログラムの中に、The Northern Lights Festival という、ノルウェーのトロムセー(トロムソ)で1月末から2月初めにかけて開かれる音楽祭のチラシが入っていた。真冬の北極圏で行われる音楽祭というのに、ちょっと惹かれるのだが。

2010年11月24日水曜日

しわくちゃにした紙の音はどうなっているの?~ジョン・ケージ

  1. クルト・ワイル:ユーカリ(Youkali)
  2. エリック・サティ:最後から2番目の思想
  3. ジョン・ケージ:"5", "But what about the noise of crumpling paper which he used to do in order to paint the series of "Papiers froisses" or tearing up paper to make "Papiers dechires?" Arp was stimulated by water (sea, lake, and flowing waters like rivers), forests"
  4. フランク・ザッパ: "How could I be such a fool", "Mom & Dad", "The Sheik Yerbouty tango,"
  5. ジミ・ヘンドリックス:Angel
  6. アレクセイ・アイギ:"Ping-Pong is living", "Loft", "Equus II", "Nextango", "Finistere", "8"
アレクセイ・アイギ&アンサンブル4'33"
11月24日 フィルハーモニー大ホール 19:00~

先日に続き、クラシックの影響を受けたロシアン・ロックの世界。昨年の9月、モスクワに滞在していたときにも、このアンサンブルは聞いた。その時は、クラシックぽい編成でロックをやっているという感じだったが、今回は前半で本当にクラシックを取りあげていた。

一番楽しめたのは、ジョン・ケージのすごく長いタイトルの曲。さすが「4分33秒」と名乗るだけのことはあって、ちゃんとケージの曲もやってくれた。この曲を聞くために、このコンサートに行った価値があったと言っても過言ではない。ロシア語のプログラムだと、「しわくちゃにした紙の音はどうなっているの?」というタイトルになるが、原題はものすごく長い。この曲について、詳しくはコチラ

6人の奏者が、ポコ、ポコとスローで打楽器(一人はピアノ)を叩きながら、合間合間に紙をぐしゃぐしゃと鳴らす。ある人は、水の入ったコップにストローを突っ込んで、ブクブクを音を立てたり。客席は笑いをこらえるのに必死で、最後のほうにはあちこちでクスクスと笑い声が…。まったく、なんという「音楽」だろう!!でもこういうジョン・ケージが大好きだし、安価でこういう曲(演奏)に接する機会を提供してくれるから、ロシアのコンサートはやめられない。

ケージの印象が強烈すぎるので、他の曲や演奏についての印象は割愛。

2010年11月20日土曜日

カワウソの子どもたち~ロシアの「前衛」音楽

  • ウラジーミル・マルティノフ:組曲「カワウソの子どもたち」
フーン・フール・トゥ(Huun Huur Tu)、Opus Posth、ムラダ(Mlada)、ウラジーミル・マルティノフ(ピアノ)
11月20日 フィルハーモニー大ホール 19:00~


ウラジーミル・マルティノフと言えば、今年の初めに聞いた「ガリツィアの夜」も変な曲だったが、今日聞いた「カワウソの子どもたち」はさらに壮大で変。両方ともフレーブニコフのテキストを基にして書かれているので、その意味では姉妹作だが、編成はかなり違う。

前回は、弦楽アンサンブルOpus Posth とポクロフスキー・アンサンブルの共演だったが、今回はポクロフスキーの代わりにムラダというペルミの合唱団と、フーン・フール・トゥというトゥヴァ系のエスノ・アンサンブルの共演。そのせいか、今日は東洋系(でも明らかに日本人ではない)の顔が会場で目立った。

この人たちで、80分ほどの音楽を奏でる。一応、マルティノフの作曲ということになっているが、明らかにフーン・フール・トゥが主体になって作曲した部分が、何カ所かある。私が気にいったのは、これらの個所。特に前半、ハイテンポながらしっかり歌って気持ちがいい個所がある。いかにも草原を駆け抜けるさわやかな風を思いおこさせる。

一方、マルティノフの個性が出た部分は苦手だ。普段クラシックを聞いているせいか、開放弦を大体に弦をひっかく奏法には、なかなか馴染めない。でもそれ以上に、マルティノフの打ち出す宗教的な雰囲気に馴染めなかった。特に合唱が加わると、荘厳な雰囲気が増すのだが、同時にある種の「胡散臭さ」まで出てくるのは、なぜだろう。あるいは、理屈っぽさが鼻につくというのか…。

でもどちらにしろ、現代ロシアを代表する「前衛」の音楽であることに、間違いない。なんだかんだいって気になるので、会場で売られていたDVD(昨年、ペルミで初演された時の様子を収めたもの)を、帰りに買ってしまった。

それにしても、今日はフィルハーモニーの大ホールがほぼ満席だった。なんでこんな実験的な作品に、こんなに人が集まったの?マルティノフ、あるいはフーン・フール・トゥって、一般のロシア人の間でも有名なのか?

2010年11月19日金曜日

マリインスキーで吹奏楽

  1. アーロン・コープランド:バレエ音楽「ロデオ」より「カーボーイの休日」と「ホー・ダウン」
  2. フリードリヒ・グルダ:チェロ協奏曲
  3. Fredrik Österling:Songes-extases (世界初演)
  4. ジョージ・ガーシュイン:ラプソディー・イン・ブルー
  5. 同上:歌劇「ポギーとベス」より
Maria Eklund 指揮、スウェーデン・ウィンド・アンサンブル、セルゲイ・ロルドゥギン(チェロ)、セルゲイ・ナカリャコフ(トランペット)
11月17日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~


今年はよく外国のオーケストラが来る。露仏友好年だから、フランスのオケが来るのは分かるにしても、まさかスウェーデンの吹奏楽団が来るとは。

実はこの夏、ストックホルムに行く機会があり、王宮で軍楽隊のパレードを見たのだが、度肝を抜かれた(この表現、数年ぶりに使うかも)。ピッチのそろい方が半端ではない。これぞ究極の純正調。「ハーモニーってここまで磨き上げることができるんだ!!」と感嘆することしきり。スウェーデンと言えば合唱王国だと思っていたけど、吹奏楽も凄いらしい。

ということで今回のコンサートに行ったのだが、ストックホルムの王宮で聞いた軍楽隊に比べると、さすがに「普通に上手い」というレベルに留まっている。むしろ今回インパクトがあったのは、セルゲイ・ナカリャコフ。彼も今年で33歳。私が中学か高校にいたころにさっそうとデビューして、今はどうしているのかと思っていたけど、ちゃんと「大人」になったらしい。トランペット協奏曲風に編曲された「ラプソディー・イン・ブルー」だったけど、冒頭のソロ(クラリネットソロの部分を、トランペットで吹いていた)からして、存在感たっぷり。ただこの人の場合、その魅力を言葉にするのは難しい。とにかく「クールな貫禄」ということだろうか。あれこれ技巧を弄しなくても、存在感を示せるというのか。

あとはグルダのチェロ協奏曲が笑えた。以前ラジオで聞いたことがあったけど、生で聞くのは初めて。もちろん鮮烈なのは第1楽章。完全にロックのノリだけれども、そこでチェロを主役にするというのが可笑しい。ロルドゥギンのチェロはノリがイマイチだったかも。でもその「ズレ」こそが、この曲の魅力なのかもしれない。

2010年11月13日土曜日

マリインスキーの「マクロプーロスの秘事」

  • レオシュ・ヤナーチェク:マクロプーロスの秘事
ミハイル・タタールニコフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団、ジャンナ・アファナシエファ(ソプラノ)ほか
11月12日 マリインスキー劇場 19:00~

同じ曲を同じメンバーで夏休み前に聞いたが、期待以上によかった。しかしどうやらこれは、舞台上演に向けた練習だったらしい。先月から、劇場のほうで上演しだした。これは見ておきたい。「マクロプーロス」なんて、滅多にお目にかかれないし。

まず演出が良かった。いつものマリインスキーに比べて、洗練されている。実際には声を発しない人たちも出てくるが、彼らの動きが印象的で想像力をかきたてる。それでいて、歌手の邪魔をしない。様々な大道具、小道具のセンスもいい。休憩時間に、今日の演出は誰だろうと思ってプログラムを見てみたら、グラハム・ヴィック。ステージデザイナーや照明にも外国人が名を連ねており、このプロダクションの初演もデンマークだったらしい。つまり基本的に外のプロダクションだったわけで、どうりでと納得(してしまうのも、ちょっとさびしいけれど)。

演奏のほうは、前半は快調。メリハリのある演奏で、ヤナーチェクの響きがする。残念だったのは後半、徐々に粗が目立つようになってきたこと。疲れてきたのか、練習時間が足りていないのか。全体的には健闘していたと思うが。

プログラムによれば、ヤナーチェクはカミラ(ヤナーチェクが熱烈に(勝手に)思いを寄せていたことで有名な女性)への手紙の中で、このオペラに関連して「私たちは人生が短いことを知っているから、幸せなのです。ですから、ひと時ひと時を私たちは有効に使わなければなりません」と述べているそうだ。そうか、そういうことを考えながらヤナーチェクはこのオペラを作曲したんだと、これも納得。

人は生きる、草が茂るように…

  • ロストフ、トゥーラ、スタヴロポリ、ペルミ、スモレンスクなどの正教徒、旧教徒の讃美歌
ポクロフスキー・アンサンブル
11月11日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~

今年の1月に、同じコンサートホールで聞いたポクロフスキー・アンサンブル。何!?この人たちと思いつつ、その正体不明の感じが愉しかった。今回はおそらくもっと「本領」に近い形で、讃美歌(песнопение)を歌ってくれた。ただ「讃美歌」と訳してみたものの、多くの日本人がイメージするような、親しみやすい歌とは違う。じゃあラフマニノフの「徹夜祷」のようなものをイメージすればいいのか。確かにエネルギーという点では通じるものもあるが、それでも「徹夜祷」ではこんな「だみ声」は出てこない。むしろストラヴィンスキーの「結婚」の世界に近い。

ポクロフスキー・アンサンブルについては、伊東信宏『中東欧音楽の回路』(岩波書店、2009年)の中の短いエッセイで触れられている。この中で伊東氏は「彼らは民謡に『成る』」(61頁)と言っているが、上手い表現だと思う。

今回歌われた曲の多くは、旧教徒のものらしい。だとすれば、「讃美歌」でありながら土俗的原始的(ストラヴィンスキー的?)であることも、納得できる気がする。

なお「人は生きる、草が茂るように…」というのは、たぶん歌われた歌の中の一節である。

2010年11月4日木曜日

ニコライ・オブホフって誰?

  1. アレクサンドル・スクリャービン:交響曲第3番ハ短調「神聖な詩」 作品43
  2. ニコライ・オブホフ:3番目にして最後の聖書 (ロシア初演)
アレクサンドル・ティトフ指揮、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー管弦楽団ほか
11月4日 フィルハーモニー大ホール 19:00~

ロシアは今週いっぱい連休。というわけで、この機会に何か面白いコンサートないかなあと思ったら、あったあった。秘曲マニア(?)ティトフの振るコンサートが。ニコライ・オブホフって誰?しかも一緒にやるのがスクリャービンの「神聖な詩」とは。

スクリャービンは、「法悦の詩」は好きだけれども、他の曲はよく分からんというのが正直な感想。時々気分転換に、ピアノソナタの5番とか「プロメテウス」を聞くけど。「神聖な詩」は前に聞いたのがいつだったのか、忘れてしまった。

というわけで、50分近いこの曲を耐えきれるのか不安だったが、これがなかなか楽しめた。このオケが、チャイコフスキーやショスタコーヴィチを得意とするのは分かっていたけど、スクリャービンも良い。音色も歌い方も、ピッタリである。冒頭からトロンボーンとチューバが鳴りまくり。第3楽章はトランペットが鳴りまくりで、ロシアンブラスを堪能することができた。もちろんそれだけでなくて、弦や木管も魅力的だったが、インパクトとして大きかったのはバリバリ鳴る金管。弦や木管はともかく、ああいう馬力ある金管の音は、残念ながら日本のオケにはちょっと出せない。こうして聞いてみると、スクリャービンってロシアの作曲家だったのだなあということを、あらためて思い知った。

さて、後半のオブホフだが…。この人は1892年生まれ、1954年没で、青年期はモスクワで過ごし、ロシアで音楽教育を受けたものの、革命を機に亡命し、そのままフランスで生涯を終えた。シェーンベルクより先に12音技法を用いたことで、音楽史に名をとどめている(というか、日本語のウィキペディアの「十二音技法」のところに、この人の名前が出ていた)。

「3番目にして最後の聖書」は、1946年に書かれた大作。オーケストラに加えて、5人の歌手、2台のピアノ、オルガン(2人で弾く)、テルミン(!)を必要とする。時間は40分ほどだったか(ちゃんと計っていない)。

音楽は何と言えばいいのか…。スクリャービンと並べて演奏されたのは、スクリャービンの影響を受けたからで、確かに全体的には、「プロメテウス」に声楽とテルミンを加えて、もっと前衛的にしたような雰囲気である。でもオーケストレイションは、案外アイヴスに似ているんじゃないかという気も。いわば引用のないアイヴス?? 題名の示す通り、宗教的な内容の音楽だが、後半はテルミン協奏曲みたいになって怪しさ満点。耐えきれずに、途中退席する人も多かった。

名曲かどうかは(名演だったかどうかも含めて)分からないけど、でも場内に鳴り響いたテルミンは面白かった。こういう秘曲を聞くのは好きだ。