2010年7月16日金曜日

マリインスキーのヤナーチェク~マクロプーロスの秘事

  • レオシュ・ヤナーチェク:歌劇「マクロプーロスの秘事」(演奏会形式)
ミハイル・タタールニコフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団、ジャンナ・アファナシエファ(ソプラノ)ほか
7月16日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~



なんでこんなマイナーな作品に挑戦するのか分からないけれど、クラヲタとしては悪い気はしない。安いし(一番高い席でも300ルーブル)。あらすじはこちら。カレル・チャペックの戯曲をオペラにしてしまうなんて、さすがヤナーチェク。

マリインスキーの主力部隊は現在バーデン・バーデンに行っているはずなので、今日のオケは「二軍」(ちなみに今日は、劇場のほうでは「白鳥の湖」をやっていた。一体、ここのオケどれだけの団員を抱えているんだ)。コンマスは初めて見る若いお兄さん。これは(少なくとも技術的には)あまり期待できないかなと思っていたが、意外や意外。冒頭のホルンこそこけたものの、その後はしっかり鳴っている。ちゃんとヤナーチェクの響きがする!!そして、ちゃんとリハーサルした跡が窺える!!これは嬉しい驚きだった。

タタールニコフはいつもながらの明晰な指揮ぶり。歌手にも特に不満はなし(チェコ語の発音って、よく分からないし)。マリインスキーも、もうちょっとこのレベルの演奏を頻繁に聞かせてくれたら、言うことないのだけど。本当に、バーデン・バーデンとペテルブルグと、どちらが充実しているのだろう。

ちなみに、今日を最後に、コンサートホールは夏休みに入った。劇場のほうは22日まで。

2010年7月15日木曜日

マリインスキーの室内楽

  1. ルイ・シュポーア:6つのドイツ語の歌~ソプラノ、クラリネットとピアノのための
  2. ヨハネス・ブラームス:クラリネット三重奏曲イ短調 作品114
  3. ヨーゼフ・ハイドン:弦楽四重奏曲ニ短調 作品76-2
  4. アルフレッド・シュニトケ:弦楽四重奏曲第3番
アナスタシア・カラギナ(ソプラノ)、エントニ・ボナミチ(ピアノ)、マリインスキー劇場管弦楽団のメンバー
7月14日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~


マリインスキーのオケには名手が多いので、もっと室内楽のコンサートをやってもいいように思うのだが、彼らの室内楽を聞くのは、これが初めて。ひょっとしたら、こちらが気がつかないうちに、フィルハーモニーの小ホールあたりでやっているかもしれないが。

面白いのは、普段のオケではあまり取りあげないような作曲家の作品が並んでいること。シュポーアとシュニトケはともかく、ハイドンをやっているのは聞いたことがない。ブラームスも、協奏曲とドイツ・レクイエムは聞いたけれど、交響曲は聞いたことがない。

さて、聞いた結果だが、う~ん、確かに上手いのだが…。特にシュニトケなど見るからに難曲なのに、決して弾き飛ばしていない。

ただ、個々の奏者の音の間に、まだ隙間があるような気がした。音程とか縦の線はそろっているはずなのに、アンサンブルとしての緩さを感じさせてしまうのが、音楽の面白いところ。音楽のベクトルが定まっていないと言えばいいのだろうか。この印象は、オケでも時々感じる。

シュニトケなんて、もうちょっと「狂気」を感じさせてほしいなと思う。滅多に聞けない曲なので、生で接することができただけでもありがたいのだが。

2010年7月14日水曜日

バランシンとフォーキン

  1. パウル・ヒンデミット:四つの気質
  2. ロベルト・シューマン:謝肉祭(オーケストラ編曲:ニコライ・R. コルサコフ、アレクサンドル・グラズノフほか)
ミハイル・アグレスト(1)、ミハイル・タタールニコフ(2)指揮、マリインスキー劇場管弦楽団
踊り:マクシム・ジュジン、イリーナ・ゴルブ、ラファエル・ムシンほか

7月13日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~


ペテルブルグにはあるまじき、連日30度越えの日々。クーラーなどない建物が多いので、こうなると悲惨。扇風機を買いに行っても、とっくの昔に売り切れていたり。はやく気温が下がってほしい。天気予報によると、今週いっぱいこの暑さが続くらしいが。

こういうときは空調設備の整っているところへ…。だからというわけではないが、今日もマリインスキーのコンサートホールへ。珍しくコンサートホールでバレエ。お目当てはヒンデミットの四つの気質。この曲、好きなのだ。副題に「ピアノと弦楽合奏のための主題と変奏」とあるように、半ばピアノ協奏曲のようになっている。いかにも新古典主義的な曲で、メロディーも親しみやすく、ジャズっぽい和音も使われている。

有名な振付家、バランシンのために書かれた曲で、この日もバランシンの振付を採用。それを見てみると、なぜヒンデミットがピアノと弦楽合奏というシンプルな編成で曲を書いたかが、よく分かる。ダンサーは皆、練習時のようなレオタード姿。古典的なバレエの華やかさを拒否したような振付だけれども、人間の「肉体美」がそのままストレートに浮かびあがってくる(それにしても、ダンサーの足の長いこと!!)。今までバレエって、何回見てもピンとこなかったが(モーリス・ベジャールもローラン・プティも)、今回は違った。バレエという表現の世界に共感できたのは、これが初めてかもしれない。

次はシューマンの「謝肉祭」だけれども、もちろん原曲はピアノ曲。それを、R.コルサコフ、リャードフ、グラズノフ、N.チェレプニン、アレンスキーという、いわばR.コルサコフ一門の人たちがオケ用に編曲している。実を言うと原曲を聞いたことがないのだが、そんな人間にとってみれば、ちっともシューマンらしくない。最初から、打楽器が派手に鳴りまくる。グラズノフのバレエ音楽ですと言われれば、素直に信じてしまうだろう。

こちらはフォーキンの振付で、普通に華やか。それに、ヒンデミットでは荒かったオケの音色も、シューマンでは引き締まって聞こえた。指揮者(タタールニコフ)の手腕か。

暑さを忘れさせてくれたひと時だった。

2010年7月11日日曜日

ウィーン・フィル in St. Petersburg

  1. ピョートル・チャイコフスキー:弦楽のためのセレナーデハ長調 作品48
  2. オットー・ニコライ:歌劇「ウィンザーの陽気な女房たち」よりアリア
  3. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調「皇帝」 作品73
ワレリー・ゲルギエフ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、イルディコ・ライモンディ(ソプラノ)、ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)
7月10日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~



今年の白夜音楽祭は豪華で、何とウィーン・フィルまで登場。右端の席ながら1200ルーブルで聞けてしまうのだから、安いものである。さすがに今回のチケットは完売で、会場は超満員。ウィーン楽友協会よろしく、いつもは合唱団が座る場所に客を座らせて、対応していた。

1月にザルツブルグでウィーン・フィルを聞いた時はピンとこなくて、今回は指揮がゲルギエフなので不安に思っていたが(彼のおひざ元なのだからしょうがないけど)、いや、今度はちゃんとウィーン・フィルの魅力を感じ取ることができた。

一曲目のチャイコフスキー。普段聞いているマリインスキーの弦と比べると、その魅力は明らか。12-10-8-6-5という大きさで、普段のマリインスキーより人数は少ないが、音の厚みはウィーン・フィルのほうがはるかに上。それでいて重たくならず、ふわっと浮くような軽やかな音を出す。

ただウィーン・フィルの個性と曲の個性が寸分の狂いもなくマッチしていると感じたのは、その後のニコライのほう。確かに、「優雅」という言葉がぴったりである。ペテルブルグのフィルハーモニーで聞くショスタコーヴィチと同じように、この曲はこのオケの音を想定して書かれたのだと思わせる、強烈な説得力がある。特に好きな曲でもないのに(おかげで、アリアのタイトルも確認していない)、ウィーン・フィルがなぜ多くの人から特別視されるのか、その理由を自分の耳で確認することができた。

ベートーヴェンでも、ウィーン・フィルの個性と曲が一体化している。最初の和音からして、もうウィーン・フィルの世界を作っている。「ああ、これが『本場』のベートーヴェンなのですね」と、ただひたすら耳を傾けるしかない。

ただ、たとえばアメリカやドイツのオケでも魅力的なショスタコーヴィチの演奏を披露するように、ウィーン・フィルのベートーヴェンが唯一のベートーヴェンだとは思わない。当たり前と言えば当たり前だが、つまり今回の演奏会で、そこまで熱狂することはなかったということである。

ライナー・キュッヒルが、いい指揮者の条件として「私たちの音楽を邪魔しないこと」と言ったという話を読んだことがある。そのとき「それなら、指揮者なんて置かなければいいじゃん」と思ったのだが、にもかかわらず指揮者を必要とするところが、オーケストラの面白いところだと思う。この日のゲルギエフは、いつもよりずっと真面目に振っていたし、「私たちの音楽」を邪魔することもなかったと思うが、ウィーン・フィルのベートーヴェンをより一段高い次元に持っていくレベルには、残念ながら達していなかったと思う。

ウィーン・フィルのドイツ・オーストリアものが特別な魅力を備えているということは分かったが、しかしそのことは、世界にもっと魅力的なベートーヴェンが存在することを妨げないことも、事実である。お金の話をして恐縮だが、1200ルーブルなら喜んで聞きにいくが、何万円も出してウィーン・フィルを聞きたいかと言われると、(この日の水準だと)ちょっとためらってしまう。クラヲタなら、一生に一度は、メッカにでも詣でるように、ウィーン・フィルを聞いておいたほうがいいとは思うが。もちろん、ウィーン・フィルがその実力を120%発揮することもあるだろうが、そうした演奏会に、生きている間に巡り合えるだろうか。

なんだかんだと、いつもながら偉そうなことを書いてしまったが、ウィーン・フィルとなると、どうしても構えてしまう自分がいる。

ちなみにブッフビンダーのピアノは、ウィーン・フィルの音色に対してやや硬い気がした。というか、やっぱりウィーン・フィルの前では影が薄くなったかなと。むしろアンコールで弾いたJ.シュトラウスのパラフレーズのほうが、遊び心が発揮されて楽しめた。前回も書いたとおり、アンコールのほうがいいというのは、この世界でよくある話。

2010年7月10日土曜日

ヤルヴィ(弟)を聞く

  1. ヤン・シベリウス:交響曲第7番ハ長調 作品105
  2. ピョートル・チャイコフスキー:ロココ風の主題による変奏曲 作品33
  3. アルヴォ・ペルト:チェロ協奏曲「賛と否」
  4. イーゴリ・ストラヴィンスキー:春の祭典
クリスチャン・ヤルヴィ指揮 バルティック・ユース・オーケストラ、ヤン・フォーグラー(チェロ)
7月8日 マリンスキー・コンサートホール 19:00~


マリインスキーのサイトにプログラムが発表された時から、これは行かねばと思っていたコンサート。ヤルヴィの弟とフォーグラーが同時に聞けてしまうとは。しかし案の定、客席は半分程度しか埋まっていない。知名度の問題か。

一番楽しめたのは、ペルトのチェロ協奏曲。チェロ協奏曲という割には10分程度しかなく、おまけになぜかヴィオラの出番がないが、充実した作品。ソ連体制下で様々な実験を試みていたころの作品らしく、時々激しい不協和音が鳴る。しかしそれがやみくもに鳴っているのではなく、指揮者の頭の中で「こう響くべき」という明確なプランがあり、その意図をオーケストラが上手く音にしている。

途中、チェロのカデンツァの部分で、指揮者が休止しているオーケストラに向かって棒を振る場面がある。文字通りの「空振り」だが、指揮という行為を戯画化しているようで可笑しい。ヤルヴィの動作がオーバーなものだから、フォーグラーも笑いをこらえながら弾いていた。この作品、他の指揮者でも見てみたい。

実は今回の一番のお目当ては「春の祭典」だった。ヤルヴィはこの複雑なリズムを楽しまないと損とばかりに、頻繁に足を跳ね上げ、腰を振る。この人にとって「春の祭典」とは、もはやお堅い「クラシック」の範疇を脱しているのではないか。ただ全体の興奮度としては、もう少し上があるような気がした。

というのも、その後のアンコールのほうが、オーケストラが吹っ切れていて気持ち良かったから。リラックスしている分、アンコールのほうが名演になるというのは、よくある話だが。曲目は分からないけれど(ロシアでは日本のように、アンコールの曲目を掲示してくれない)、1曲目はハチャトリアンぽく、2曲目はチャイコフスキーかR.コルサコフあたり?3曲目は、北欧あたりの民謡をオケ用に編曲したような雰囲気。ノリとして、こないだ聞いたシモン・ボリバル・ユースOに近いものを感じた。3曲もやったところをみると、拍手にこたえてというより、最初から入念に準備していたのだろう。

オケのメンバーは、バルト三国のみならず、北欧各地、ポーランド、ドイツ、ロシアから集まっていて、普通に上手い。大体PMFのオケと同じぐらいの技量だろうか。

2010年7月4日日曜日

サロネン、マリインスキーを振る

  1. リヒャルト・シュトラウス:メタモルフォーゼン
  2. エクトル・ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」作品17
エサ・ペッカ・サロネン指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団ほか
7月3日 マリインスキー・コンサートホール 21:00~


サロネンがマリインスキーのオケを振るという、変わった組みあわせ。でも実は、何年か前にも振ったことがあるらしい。これって期待できるのだろうか?サロネンは好きな指揮者だが、マリインスキーのオケというのが引っ掛かる。おまけに9時開始って…。でもやっぱり行かずにはいられない。

一曲目のメタモルフォーゼンは、見ていると面白い。23人の弦楽器奏者が、入れ替わり立ち替わり音楽を紡いでいく様が、視覚的に確認できる。よくこんな複雑な曲を書いたよなあと思う。でもよく考えてみれば、戦後の前衛運動は目の前まで来ているのだ。

やっぱり難曲で、ところどころ音程が怪しい。素人が聞いてそうなのだから、サロネンの耳には、とんでもない音が聞こえていたのではないだろうか。実は中間部でちょっと退屈して、少し寝てしまった。

サロネンの振り方を見たくなって、後半は指揮者の向かいに移動。後半のベルリオーズは、R.シュトラウスより楽しめた。サロネンはマーラーを振る時のように、ベルリオーズのオーケストレーションを丁寧に解きほぐしていく。特に舞踏会の喧騒のような場面では、オーケストラが気持ちよく響き渡って、とてもいい。一方、「愛の場面」などは、もっと歌ってほしいなあという気も。それは、サロネンの問題でもあるかもしれないけど、むしろマリインスキーのオケが、ベルリオーズのようなロマン派の歌い方を分かっていないのではないかという気もする。ここのオケは弦の音に厚みがないため、ベルリオーズやワーグナーに求められる「うねり」が出てこない。この印象は、ゲルギエフが振るとより強まる。今日はサロネンだから、まだマシだったような気がする。

とまあ、なんだかんだ言いつつ、結局最後まで飽きもせず聞いてしまった。終演は12時ちょうど。白夜の頃はよくある話。

2010年7月1日木曜日

ユンディ・リ in St. Petersburg

  1. フレデリック・ショパン:5つの夜想曲
  2. 同上:アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ 作品22
  3. 同上:4つのマズルカ 作品33
  4. 同上:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調 作品35
  5. 同上:英雄ポロネーズ変イ長調 作品53
ユンディ・リ(ピアノ)
6月30日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~


ショパンはイタリア・オペラとともに、私的食わず嫌いの代表例である。したがってこのコンサートも行くかどうか迷ったが、今の時期はちょうど時間があるし、ユンディ・リってどんなピアニストだろうという興味もあって、出かけた。

「アンダンテ~」までが前半だったが、ここまで聞いた時点では「確かに上手いですね」という程度。以前聞いたアファナシエフのように極端な解釈をすることもなく(それはそれで面白かったのだが)、まっとうに楽譜を音にしている。そもそもショパンを普段あまり聞かないので、ユンディ・リがどの程度すごいのか、よく分からないという感じだった。

ところが後半、前半とは明らかに曲への没入度合いが違う。普段はショパンを聞かないのに、この時ばかりはこちらものめり込んでしまった。曲の性格もあるのだろうが、特にピアノ・ソナタ第2番はデモーニッシュな雰囲気にあふれ、圧巻だった。

以前、とある日本の新聞に、ユンディ・リの弾くラヴェルのピアノ協奏曲について、「上手いのだが、それ以上のものを感じさせない」「最近こんな演奏が増えている」という批判的なコンサートの論評が載っていたことがある。この日の前半はこの評言が当てはまるが、後半は違う。後半のユンディ・リは、楽譜に書いてあること以上のものを表現していたと断言していい。そうか、「一流」とはこういう演奏をする人のことを言うのだと納得。

あと、ユンディ・リの特徴として、マズルカやポロネーズのリズムの特徴をあまり考慮せず、そのまま均等なリズムで鳴らす傾向があると思う。だが彼が興に乗ると、そういう理屈はどうでもよくなってしまう(私が、あまりショパンに思い入れがないせいかもしれないが)。

ユンディ・リがだてにこの10年間活躍しているわけではないことが、よくわかった。