2010年5月30日日曜日

J.フランツのカルミナ・ブラーナ

  • カール・オルフ:カルミナ・ブラーナ
ユストゥス・フランツ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団、アナスタシア・カラギナ(ソプラノ)、アンドレイ・ポポフ(テノール)、ウラジーミル・モロズ(バリトン)
5月30日 マリインスキーコンサートホール 19:00~

終演時にはこちらがヘトヘトになってしまうような長時間のプログラムを組むことが多いマリインスキーには珍しく、カルミナ・ブラーナ一曲のみ。いや、長時間のプログラムはゲルギエフが何でもかんでも振りたがるからか。

なぜだかわからないけど、今日は客が多かった。席からあふれて、階段に座っている人も多数。こんな光景、あまり目にしたことがない。

曲が始まった瞬間「お、今日は期待できるかも」と思った。オケが鳴っている。合唱も上手い。このオケ、ゲルギエフがいないときのほうが持ち味を発揮するような…。でもこのオケと合唱団をここまで育てたのは、ゲルギエフなのだよなあ。そのことを考えると、なんだか複雑な気分である。

しかし聞いていくうちに、詰めの甘さもところどころ気になった。決まってほしいところでアンサンブルがずれたり、響が混濁したり。特に静かな部分では、もうちょっと緊迫感が欲しい。

でも全体的に見れば、十分に水準以上の演奏だった。3人の独唱者、特に男声は芝居がかっていたが、曲想とそれほどずれていなかったので、OK。フランツの指揮は初めて見たけど(そもそもピアニストとしても、接したことがないのだが)、指揮姿が結構カッコイイ。曲の解釈も、ところどころ思い切ってテンポを揺らしたりして面白い。他の作品ではどういう指揮をするのか聞いてみたい。

2010年5月29日土曜日

マリインスキーの大失態

(直接見聞きしたわけではないにしろ、かなり確かな情報なので、書いておきます)

5月23日(日)にマリインスキー劇場でカルメンが上演された。ドン・ホセ役にイタリアからマッシモ・ジョルダーノが呼ばれ、アンナ・ネトレプコがミカエラを歌うという、かなり豪華な顔ぶれ(カルメンはナターリャ・エフスタフィエファ。指揮はトゥガン・ソフィエフだったが、マリインスキーでカルメンをやる時は彼が振ることが多いのである)。おかげで一番安い席でも1500ルーブルだったにも関わらず、チケットは完売。ところがこの日の公演、実は舞台裏でとんでもないことが起こっていたのである。

カルメンには複数の版があることはオペラファンにはよく知られた話だが、本番前日になって、ジョルダーノが練習してきた版と、マリインスキーが使っている版がまるで別物だということが分かったのである(それぞれがどういう版を使っていたのかは知らない)。もちろんジョルダーノに、一日でマリインスキーの版を身につけることなど不可能である。慌ててその場でつぎはぎのバージョンを作りあげ、演出もやり直す羽目に。劇場関係者は、本番の最中に演奏が止まるのではないかと真面目に心配していたらしい。幸い(?)止まらなかったそうだけど、客から最低でも1500ルーブル取って、そんなレベルの公演ってありだろうか。

おまけにゲルギエフが前日になって、「カルメンはオレが振る」と言い出す始末。別に「この窮地をオレが救ってやる」というわけではなく(だとしたら、ちょっとカッコいいけど)、単にネトレプコやジョルダーノの出るカルメンを振りたかっただけらしい。しかしこの騒動を知って、さすがにソヒエフに任せただとか。この話を聞いた時、ゲルギエフはどんな顔をしたのだろう。

ちなみにゲルギエフは、前日にエルガーのヴァイオリン協奏曲とドビュッシーの海を振っており、この日も昼間はラヴェルとマーラーを振っている。その上にカルメンまで振りたがるとは、何と言っていいのやら…。

閑話休題。いくら外部からのゲスト出演に慣れていないとはいえ(コンサートホールのほうはともかく、オペラのほうはほとんど身内だけでやっている)、版の違いを確認していないなんて、世界的なオペラハウスとして、あまりにもお粗末なミスではないだろうか。ジョルダーノのほうも確認しなかったのか不思議である。もしメトロポリタンあたりでこんなミスが起こったら、大騒動になるだろう。ところがこちらでは、特に大きな問題にはなっていない。これでも良しとするのがロシア??

とにかく、高い金を払って有名なアーティストの出演するオペラやコンサートに行っても、それに見合うものが得られるという保証はどこにもないという、典型的な話でした。

2010年5月28日金曜日

ピンチヒッターの楽しみ

  1. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第1番ニ長調 作品12
  2. セルゲイ・プロコフィエフ:ヴァイオリン・ソナタ第1番ヘ短調 作品80
  3. ヨハネス・ブラームス:ヴァイオリン協奏曲ニ長調 作品77
アリョーナ・バーエワ(ヴァイオリン)、ワジム・ホロデンコ(ピアノ)、ザウルベク・ググカエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団
5月27日 マリンスキー・コンサートホール 19:00~


本当は今日、グリモーのソロ・リサイタルがあるはずだったのに、キャンセル。代わりに行われたのが、このコンサート。そのため、前半がソナタで後半が協奏曲という、ちょっと変わった組み合わせ。

バーエワ(バーエヴァ)が舞台に姿を見せた途端に、驚いた。ものすごく大きなお腹。もしかして、すでに産休に入っていたのに、マリインスキーから呼び出されたとか!?

ベートーヴェンの出だしの、べた~とした歌い方を聞いた時には、今日はハズレかなと思ったけど、徐々に調子が出てきた模様。ただ若いベートーヴェンの魅力を引き出すには、もうちょっと軽やかさが欲しい。むしろピアニストのほうが、曲想にマッチしている感じがする。

しかしプロコフィエフでは、曲の個性とバーエワの個性がマッチして、かなり楽しめた。正直に告白すると、ベートーヴェンのソナタも、プロコフィエフのソナタも、今までちゃんと聞いたことがなかった。しかし特にプロコフィエフのソナタは、かなりの傑作ではないだろうかと思った。ものすごく情熱的でスケールの大きな曲。そう思ったのはもちろん、バーエワの演奏がそうだったからなのだろう。ひょっとしたら第3楽章など、もっと怪奇な表現が可能かもしれないが、それは他の演奏も聞いてみなければわからない。

ブラームスはどうなるだろうと思っていたら、これも良かった。特に第1楽章が熱演!!1年前に聞いた諏訪内晶子とテミルカーノフの同曲の演奏が、どこか煮え切らなかったのに対し、バーエワは完全に吹っ切れていた。

意外だったのはオーケストラの健闘。メンバーは一軍と二軍の混合と言ったところか。どうせ「俺たち伴奏だし~」みたいな演奏をするのだろうと高をくくっていたら、さにあらず。バーエワに対抗してか、頑張ってブラームスっぽい音を出す。ヴァイオリンはいささか音の薄さを感じさせたが、木管は大健闘。無名の若手指揮者なのに、ゲルギ○フのブラームスよりいいんじゃないの?

グリモーのキャンセルは残念だったけど、代わりにいろいろ収穫はあった。特にバーエワには、無事出産して舞台に戻ってきてほしいと思う。

しかしそれにしても、バーエワが85年生まれ。個人的に特別な存在であるコパチンスカヤが77年生まれ。こうやって次から次と新しい才能が出てくるのだ。この世界で活躍を続けるのも楽じゃないということを、今さらながら改めて感じた。

2010年5月23日日曜日

ゲルギエフのラヴェルとマーラー

  1. モーリス・ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
  2. 同上:ピアノ協奏曲ト長調
  3. グスタフ・マーラー:交響曲第10番嬰ヘ長調~アダージョ
ワレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団、アレクセイ・ヴォロジン(ピアノ)
5月23日 マリインスキーコンサートホール 12:00~


本当は今日、エレーヌ・グリモーがマリインスキーに来てラヴェルのピアノ協奏曲を弾くはずだったのに、一週間前になり急病のためキャンセル。さすがにそれを知った時は、ガクッときた。楽しみにしていたのに…。でも気を取り直して、マリインスキーへ。

一曲目は「ダフニスとクロエ」の第2組曲。ゲルギエフはこういう曲は上手い。大きな編成だが、楽器の鳴らし方のバランスがとても良く、色彩感が豊かだ。彼の指揮で全曲を聞きたくなった。先月のラ・ヴァルスも名演だったし、チャイコフスキーだのショスタコーヴィチだのという「お国もの」はフィルハーモニーのほうに任せて、ゲルギエフはもっと近代フランスものを振ってはどうか。でも世界のファンが彼に期待するのは、ロシア音楽なのだろうなあ。世の中の人にもっと目覚めてほしいと思うけど、でもひょっとしたら私の耳がおかしいのか?

続いてピアノ協奏曲ト長調。ヴォロジン、出てくるときの歩き方が何となくぎこちなく、大丈夫かなと思ったけど、演奏自体はオケともども無難にこなしていた。第2楽章はもっと歌ってほしかったけど、第3楽章は音が飛び跳ねるようで良かった。これがグリモーだったら、ということを想像するのはよそう(ネームヴァリューと生演奏の感銘度がまるでかみ合わないことは、この一年間いやというほど思い知らされたし)。

後半はメインのマーラーだが、実はこれがアダージョのみか、全曲やるのか、はっきりと告知されていなかった。全曲聞いてみたいけれど、この人たちはどうせちゃんとリハーサルしていないだろうし…。結局、アダージョのみ。賢明な判断だと思う。生で舞台を見て初めて気がついたのだけど、このアダージョ、実は打楽器が登場しないのだ。

肝心の演奏だが、ところどころゲルギエフのこだわりを感じさせる部分があったが、曲の全体像がつかみづらく、散漫な印象。もともと複雑な構造の曲なので、しょうがないと言えばしょうがないのだが。もっとリハーサルをすればおのずと結果は違ってこようが、それを今のゲルギエフに求めることはできない。

2010年5月18日火曜日

「本物」のショスタコーヴィチ

  • ドミートリ・ショスタコーヴィチ:交響曲第4番ハ短調 作品43
ニコライ・アレクセーエフ指揮、サンクト・ペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団
4月18日 フィルハーモニー大ホール 19:00~

こないだのブラームスでは、オケの個性と作曲者の個性がかみ合っていないような印象を受けたが、今日のはまさしく十八番。管楽器の硬く鋭い音が、この交響曲にピッタリ。ショスタコーヴィチはきっとこういうサウンドを想定して曲を書いたに違いないと思わせる、説得力がある。その意味では、つぼにはまった時のオリジナル楽器の演奏と似ている。というか、これも広い意味でのオリジナル楽器の演奏と言えるだろう。このオケ、ブラムースが下手なのは残念だけれど、でもショスタコーヴィチ・ファンとしては、この個性は失ってほしくない。アレクセーエフはさすがに副指揮者だけあって、オケの持ち味をよく理解している。

とはいっても、リハーサルの時間が足りなかったのか、第一楽章の有名なプレスト(練習番号63)は割と弾けていた代わりに、意外なところでアンサンブルが乱れたり、リズムの詰めが甘かったりしたのは残念。それでも、全体的に見れば十分満足できる出来。咆哮するオーケストラを聞いて、「いや~ショスタコーヴィチを堪能した」という気になれた。ゲルギエフでは、なかなかこうならない。

一曲のみの一時間強のコンサートだったが、最近長時間のコンサートに疲れ気味だったので、ちょうど良かった。これぐらいの短いコンサートを、もっと増やしてほしい。

<追記>
演奏の最中に携帯が鳴らず、演奏が終わってから拍手が起こるまで間があった点でも、今回のコンサートは良かった。

2010年5月17日月曜日

この1年間を振り返って

ペテルブルグに来てから、早くも1年が過ぎた。この1年間、コンサートに行きまくって(というか、行きすぎ)、いろんな演奏に出会うことができたけれど、中でもインパクトのあったコンサートを挙げておくと、次のようになるかなと(ヘルシンキやザルツブルグで聞いたものは除く)。
  1. ティーレマン指揮、ミュンヘン・フィルによるブルックナーの交響曲第8番(2009年6月1日、マリインスキーコンサートホール)
  2. スペイン国立バレエ団(2009年7月18日、マリインスキー劇場)
  3. ティトフ指揮、サンクトペテルブルグ交響楽団によるシュニトケの交響曲第1番(2009年11月29日、フィルハーモニー大ホール)
  4. ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団によるシチェドリンの歌劇「魅せられた旅人」(2010年1月2日、マリインスキーコンサートホール)
  5. V. ペトレンコ指揮、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団によるマーラーの交響曲第3番(2010年1月10日、フィルハーモニー大ホール)
  6. モスクワ・アート・トリオ(2010年2月21日、サンクトペテルブルグ・カペラ)
1→来て早々にこんなものを聞いてしまったので、すっかりヨーロッパ(ロシアを除く)かぶれになってしまった。
2→とにかくカッコいい!!ついでにヨーロッパかぶれを加速させる。
3→シュニトケの交響曲第1番はサン・ラーもアイヴスも真っ青の怪作。やっとロシアのクラシックに熱狂することができた。
4→やっとゲルギエフの演奏で満足するものに出会えた。この日の演奏だけは文句なし。
5→今のところV. ペトレンコは、ロシアの若手指揮者の中で一番期待できる。タタールニコフも好きだけど。
6→ロシアのジャズは面白い。中でも楽しかったのがこの日の演奏会。もっと日本の人にも聞いてほしい。

2010年5月16日日曜日

リャードフのバレエ

  1. アナトーリ・リャードフ:春の予感
  2. モーリス・ラヴェル:ボレロ・ファクトリー
ワシーリー・カン、アレクセイ・レプニコフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団
踊り:イリーナ・ゴルブ、ヴィクトリア・テレシュキナほか、振付:ユーリ・スメカロフ

5月16日 マリインスキー劇場 19:00~


リャードフと言えば、バレエ「火の鳥」の仕事をストラヴィンスキーに取られ、それをきっかけにストラヴィンスキーは一気にブレイクするという、損な引き立て役で有名な人。実を言うと、私も彼のことはそんなによく知らない。

別にリャードフが「春の予感предчувствие весны」という曲を書いたわけではなく、「魔法にかけられた湖」「バーバ・ヤガー」「キキモラ」「8つのロシア民謡」という彼の代表作を伴奏にしたバレエ。魔法にかけられた湖で、豊穣の精(?)がヤリーラ神の助けをかりて冬の精、死の精を追い払い、春をもたらすという分かりやすいストーリー。舞台装置も衣装もシンプルだったが、その分ダンサーの演技力が活きていたように思う。

リャードフの音楽は、編成が大きく響は美しいのだけれど、確かに盛り上がりに欠ける。それを反映して、あのような振付にしたのか。ヤリーラ神と冬の精の勝負も、あっさりついてしまう。普通のバレエだったら、派手な対決になりそうなのに。

一方、さすがにボレロは対照的。こちらは大いに盛り上がった。ただしストーリーは完全に変えられていて、人間の魂を象徴する女性ダンサーと7つの大罪を象徴する7人の男性ダンサーの共演。詳しくは知らないけど、ヒントになった原作があるらしい。

たぶん、人間の無垢な魂が汚れていく過程を表しているのではないかと思って見ていたが、とにかくその危なっかしさが、魅力だった。客席も随分と興奮して、長いカーテンコール。ダンサーが何度も舞台に呼び出されていた。

これでオケが上手かったら私も大興奮だっただろうけど、さすがにボレロとなると、オケの技量がはっきりと出る。さすがに、ソロが落っこちるということはなかったものの、あまり上手くなかった。それでも最後は盛り上がったのだから、ラヴェルは偉大だと改めて痛感した次第。

2010年5月14日金曜日

ロシア+日本+ジャズ

鈴木史子(ヴォーカル)、田中裕士(ピアノ)、三好芫山(尺八)、ダヴィド・ゴロショーキン(フリューゲルホルン、ヴィブラフォン、電子ヴァイオリン)ほか

4月13日 ジャズ・フィルハーモニック・ホール 19:00~

とにかく物珍しい組みあわせのコンサートがあると、出かけていきたくなる。この日はジャズのフィルハーモニック・ホールで、日本のミュージシャンとロシアジャズ界の大御所ゴロショーキン(ガラショーキン)+ベースとドラムスの協演。それだけならまだしも、尺八でジャズというのに惹かれた。どんな曲を演奏するのだろうと思っていたけど、このホールらしく、My favorite Things, Over the Rainbow, C Jam Blues, What a Wonderful Worldなど、スタンダードナンバーが中心。ペテルブルグの日本総領事館がサポートしていて、会場に行くと日本人がいっぱい。総領事の姿も。ただそのほとんどは、明らかに総領事館や出演者の関係者で、もしかしして「純粋な」日本人の観客は私一人?ロシア人はいつも通りたくさん来ていたけど、ちょっと寂しい。

肝心の演奏だが、日本の3人のミュージシャンも悪くなかったものの、やっぱり一番貫禄があったのはゴロショーキンだという気がする。曲目もスタンダードなだけに、なおのこと安定感がある。

尺八だが、「鶴の巣籠り」という曲をピアノと演奏した以外は、大人しく(?)ジャズのメロディーを吹いていた。ただ曲が曲だけにしょうがないのだろうが、和風テイストのフルートかリコーダーのような音で、尺八の持ち味をロシア人に知らしめることができたかどうかは、正直疑問。まあ、西洋の美学からいけばノイズにしか聞こえないような尺八の音(それがいいのだけど)を、ロシアジャズの殿堂で鳴らすわけにもいかないだろうが。

それでもロシア人は嬉しかったのか、奏者が舞台裏に引っ込んだ後でも、ずいぶんと長いこと拍手をしていて、日本の3人を再び舞台に引っ張り出していた。「尺八の持ち味云々」と書いたが、何であれ触れないことには始まらないのだから、これをきっかけに尺八に興味を持つロシア人がいればいいと思う。

2010年5月12日水曜日

期待の(?)若手ソヒエフの「炎の天使」

  • セルゲイ・プロコフィエフ:歌劇「炎の天使」
トゥガン・ソヒエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団ほか
4月11日 マリインスキー劇場 19:00~

ゲルギエフを除けば、今マリンスキー劇場の指揮者で最も国際的に活躍しているのが、ソヒエフ(ソキエフ)だろう。まだ32歳であるにもかかわらず、とうとうベルリン・フィルにデビュー!!だが国際的に活躍しているせいか、案外ペテルブルグで聞く機会が少ない。2月に彼の指揮でヴェルディのレクイエムを聞いたけれど、前半と後半で明らかに演奏の充実度に差があり、「これは確かにすごいやつだ!!」ということにはならなかった。

でも出世しそうなので(笑)、今のうちにもうちょっと聞いておきたいなと思っていたら、今度はプロコフィエフの歌劇「炎の天使」を振るのを見つけた。「炎の天使」は聞いたことがなかったけれど、それを改作した交響曲第3番は結構好きである。分かりやすいメロディーと派手な不協和音の組みあわせがツボにはまる。というわけでソヒエフに再挑戦してみたのだが、結果は…。

正直な感想を言うと、ソヒエフという人は、かなりムラのある指揮者ではないかという気がした。調子のいい時と悪い時があるというよりは、1つの曲の中での、いい部分と悪い部分の差が激しい。2時間かかるオペラなので、ある程度のムラはしょうがないけど、でも時々「オッ!」と耳をそばだてたくなる繊細な響きを聞かせてくれたかと思うと、あくびが出てくるぐらいテンションの低い部分や力任せの部分もあったりして、この人、名指揮者なのかどうかよく分からない。「この指揮者、確かにすごいかも」と思っても、それが長続きしないのである。確かに潜在的な能力は高いとは思うのだが…。彼はすでに何回かここで「炎の天使」を振っているはずなので、リハーサルの時間が足りなかったということはないはず。ソヒエフは同郷のゲルギエフに気に入られているらしいけれど、ゲルギエフの悪い面(時々あからさまに手を抜く)まで受けついで欲しくない。

もちろん「炎の天使」は難曲で、オーケストラピットに入ったオケと歌手のバランスが難しい。プロコフィエフの凝ったオーケストレーションを聞かせようとすると、歌手が聞こえなくなる。逆もまたしかり。オケを取りたければ交響曲第3番にするか、演奏会形式にするべきなのだろう。

演出は、日本でも話題になった山海塾のようなダンサーたちが活躍する、インパクトのあるもの。最後はしっかり「乱交」を見せてくれた(発売された映像は見ていないので、全く同一かどうかは分からない)。でも実は結構シンプルな舞台装置だなと思う。先月見た「使徒パウロの神秘劇」のお金の掛けようを、改めて思い知った次第。

2010年5月6日木曜日

タカーチ in マリインスキー

  1. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第6番変ロ長調作品18-6
  2. 同上:弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135
  3. 同上:弦楽四重奏曲第9番ハ長調作品59-3「ラズモフスキー第3番」
タカーチ弦楽四重奏団
5月6日 マリインスキー・コンサートホール 19:00~


タカーチがベートーヴェンの初期、中期、後期から一曲ずつ選んで構成した演奏会。東京だったらともかく、やっぱりロシアではなかなか客が入らない。そのおかげで、無料で聞くことができたけど。前も書いたように、実は私も弦楽四重奏が苦手なので、ぜひ聞きたいというわけではなかったが(バルトークだったら、嬉々として行っただろうけど)、この機会に聞いておいて損はないだろうと、軽い気持ちで。

一曲目は、昼間の疲れが出てすっかり寝てしまった。二曲目から聞きだしたわけだが、前半はなんでベートーヴェンは人生の最後にこんな曲を書いたのだろうと、不思議に思いながら聞いていた。「最後」ということを意識しすぎかもしれないけど、何かピンとこない。しかし第3楽章は寂しさがにじみ出るようで、素晴らしかった。演奏自体、ここから乗ってきたような気がする。そして終楽章導入部の有名な掛け合いの部分が、実に斬新な音として響いていた。

休憩後のラズモフスキー第3番は、曲自体がよくできているので、素直に楽しめた。若干、第1ヴァイオリンの音程が怪しかった気がするが。

演奏とは関係ないが、ロシアだなあと思う出来事について。会場で買ったプログラムには、最初6番だけやって休憩をはさみ、16番と9番をやると書いていたのだが、開始直前に、6番と16番をやった後、休憩に入りますというアナウンスがあった。ところがこのアナウンスを聞いていない人が結構いたらしく、6番の終了後、演奏者が一度舞台袖に引っ込むと、(会場は暗いままなのに)休憩と勘違いした人たちがぞろぞろと席を離れはじめて、演奏者が入ってくると、慌てて席に戻りはじめたという一幕があった。人の話を聞いていないというか、ロシア人って実は結構周りに流されるよなあと思う。拍手にしても、楽章間にするのはやめてほしいのだが、これは諦めざるをえない。

2010年5月3日月曜日

ショスタコーヴィチの交響曲第8番の第2楽章

DSCH 社から、ショスタコーヴィチの交響曲第8番の楽譜が新たに刊行された。本当は昨年の夏ごろに刊行されているはずだったが、どうもこのシリーズ、刊行が遅れているらしい。しかも238ページで2020ルーブルって。274ページの10番ですら1500ルーブル前後だったのだから、なんか割高感が…。

と言っても、好きな曲なので、買わずにはいられなかった。それに今回の注目は、第2楽章の初稿が収められていること。もしかして、刊行が遅れたり価格が高めなのは、このせいだろうか。

第2楽章の初稿の特徴は、ピアノが入っていること。しかもここに載っている125小節のうち、ほとんど弾きっぱなしである。解説によると、ショスタコーヴィチは当初、リストのピアノ協奏曲第1番のアレグレットの部分に触発されて、この楽章を書いたそうだ。ショスタコーヴィチがリストと交響曲第8番で結びつくなんて、とても意外。

この楽譜を実際に音にしたら、どうなるだろう。ピアノ協奏曲風に聞こえるのだろうか?残念ながら楽譜を見ただけでは、頭の中に音は鳴り響かない(そんな能力があれば、今頃別の職業についている)。でも最近、こういう断章が見つかると、誰かが音にしてくれるから(ショスタコーヴィチの場合、交響曲第4番や9番の例がある)、この断章も誰かが音にしてくれることを期待したい。しょせんは、マニアックな要望だけれども。