2010年2月10日水曜日

「ボリス・ゴドゥノフ」の初稿

  • モデスト・ムソルグスキー:歌劇「ボリス・ゴドゥノフ」(1869年版)
ワレリー・ゲルギエフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団、エフゲーニ・ニキーチン(バス・バリトン)ほか
2月9日 マリインスキー劇場 20:00~


以前も書いたように、ムソルグスキーはそんなに得意な作曲家ではない。でも友人に誘われたこともあり、ロシアを代表するオペラということもあるので、出かけた。

実は今日のゲルギエフ、18:00からコンサートホールのほうでデニス・マツーエフと一緒に、ラフマニノフのピアノ協奏曲第5番(!)を演奏していたはずである。20:00開始なのはそのため。実は当初、1872年改訂版を取りあげる予定だったらしいのだが、それだと終演が0時を過ぎてしまうので、さすがに短い初稿のほうを使うことにしたらしい。誰かが「マエストロ、初稿にしておきましょう」と進言したのだろうか。それしてもそこまでして、ゲルギエフは「ボリス」を振りたかったのか?

オーケストラのメンバーも、普段ゲルギエフのもとで演奏しているメンバーは先にコンサートホールで使ってしまったらしく、いつもとは違うメンバー。それでも、演奏の技量にそれほど不足は感じさせなかった。こないだも書いたが、ゲルギエフは本当にいつリハーサルをしているのだろう。

実を言うと「ボリス・ゴドゥノフ」をちゃんと全部聞いたのは初めて。初稿だと退屈するかなと思ったが、ちゃんと最後まで着いていけた。英語の字幕を見ていればあらすじはつかめるし。以下、雑駁な感想。

このオペラって、こんなにナショナリズム色の強いオペラだったのかと思った。特に前半、やたらと「ロシア」という言葉が出てくる。それに付随して、ヴォルガ川を中心に、その周辺の都市や支流の名前も歌詞の中に出てくる。実はこの9月にヴォルガ川流域を旅行する機会があったのだが、あの時見てまわった地域って、やっぱりロシアにとって思いいれのある地域なのかということを再認識した。

ただナショナリズムといっても、ムソルグスキーの場合、ワグナーのように扇情的なゆさぶりをかけてくる場面は少ない。むしろ耳に残ったのは美しい旋律。もちろん要所要所で現れる重厚な合唱も聞きものだが、ムソルグスキーの本当の長所は、ボリスの臨終で聞かれるような抒情性ではないだろうか。これはホヴァンシチナを聞いた際にも感じたこと。

このことはゲルギエフの指揮にも言えると思う。この人、実は静かで抒情的な部分のほうが長所を発揮する。「熱いもの」を期待すると肩透かしを食らうことが多いが、そのことを認識してから割とこの人の演奏も楽しめるようになった。

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