2011年2月13日日曜日

ノーノとベートーヴェン

  1. ルイジ・ノーノ:カンタータ「断ち切られた歌」(ロシア初演)
  2. ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調 作品92
イラン・ヴォルコフ指揮、サンクトペテルブルグ・フィルハーモニー交響楽団ほか
2月13日 フィルハーモニー大ホール 19:00~

昨年の3月、ヘルシンキで聞いたイラン・ヴォルコフ。ものすごくきれいな棒を振る人で、その指揮姿が目に焼き付いている。今回、その印象が間違っていなかったことを確認した。指揮のお手本のような振り方で、棒の先が綺麗な線を描く。しかも決して大げさな身振りをしない。このテクニックは武器になる。

ただ今日のプログラムは、一体何を意図しているのか?ヘルシンキでヴォルコフと会食した際、「ペテルブルグから来ました」という話をしたら、「来年の2月、ペテルブルグでノーノを振るんだよ。なんでロシアでノーノなんだ(苦笑)」とこぼしていた。ということはヴォルコフが選んだプログラムではないのか。しかも一緒にやるのがベートーヴェンって…。

予想通り、オケがノーノの書法に戸惑っているのは明らか。新ウィーン楽派ですら崩壊しかかるのに、ノーノなんてほとんど未知の音楽だろう。でもそう考えると、ヴォルコフがひとまず音楽の形を整えるのに成功したことは、実はすごいことなのかもしれない。フィンランドのオケとか日本のオケなら、もっと完成度の高い演奏になっただろうけど、どんな曲かは十分知ることはできた。

のちのノーノの音響空間を先取りするような響きも聞かれるし、ウェーベルンの延長のようにも聞こえる。トランペット5本、ティンパニ2対、独唱者3人に混声合唱という大編成にもかかわらず、音楽は基本的に静粛の世界。聞いて決して心地よいものではなく、不安になってくる。でもその不安を共有することこそ、重要なのだろう。音楽を通じて突きつけられる「現実」。積極的に聞きたくなる音楽ではない。でも聞いて損したとは全然思わなかった。こういう「芸術」のあり方も必要だと思う。

演奏後、周りのお客さんたちが、「理解できない」「音楽とは思えない」と言っていた。正直な感想だと思う。間違っていない。それにしても、共産主義に理想を見出したノーノの代表作の1つが、作曲後半世紀以上経ってやっとロシア(本当は共産主義の総本山になるはずだった国)でも初演され、でもなかなか受け入れてもらえないという皮肉。

休憩後にベートーヴェンが演奏されたが、やはりノーノのあとに聞くとホッとする(笑)。でも演奏自体は、もうちょっと弦楽器が鳴ってほしいと思った。古楽奏法ではないのだから、ある程度の「重厚さ」が欲しい。マリインスキーのオケにしてもそうだが、ファースト・ヴァイオリンだけで6プルト、あるいは7プルトあるのに、なんでこんな薄い音しか鳴らないの、と思うときがある。録音だとごまかしがきくが、生で聞くと顕著。

終演後、楽屋にヴォルコフを訪ねてみると、去年ヘルシンキで会ったことを覚えてくれていた。素直に嬉しかった。

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