2009年8月25日火曜日

サロネン in ヘルシンキ

カイヤ・サーリアホ Lumiere et pesanteur

ヤン・シベリウス ヴァイオリン協奏曲ニ短調

グスタフ・マーラー 交響曲第6番イ短調「悲劇的」

エサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦楽団、リーラ・ジョセフォウィッツ(ヴァイオリン)

8月22日 フィンランディア・ホール(ヘルシンキ) 19:30~

「あなたが一番好きな曲は?」と問われればストラヴィンスキーの「春の祭典」と答えるだろうが、「では一番好きな「春の祭典」のCDは?」と問われれば、現在のところ、サロネン&フィルハーモニア管弦楽団のディスクを挙げると思う。メリハリが効いて、とても気持ちがいい。このディスクに出会って以来、是非一度聞いてみたかったコンビがヘルシンキに来るというので(ペテルブルグには来ない…)、国境を越えて聞きにいった。もちろんそれだけではなく、ヘルシンキという街自体にも興味があったのだが。結果は、期待通りの快演。

1曲目のサーリアホの曲は、サロネンに献呈された近作だそうだが、変化に乏しく、正直イマイチ印象に残らなかった。いや、「変化に乏しい」というのはおそらく意図的なもので、むしろその微妙な移ろいを楽しむ音楽なのだろうが、一回聞いただけでは聞きどころがつかみづらい。

2曲目はジョセフォウィッツをソリストに迎えてのシベリウスのコンチェルト。ジョセフォウィッツの歌い方はかなり激しいものだが、そのパッションが上手く曲とマッチしていると感じたのは第2楽章。動きのある両端楽章では、ところどころ鋭いフレージングを聞かせてくれたものの、幾分雑な印象を受けてしまった。むしろ見事だと思ったのは、サロネンの指揮。オーケストラが前面に出るところと伴奏に回るところを明確に描きわけて、ソリストを上手に支えていた。案外、協奏曲でこうした「伴奏」をちゃんとしてくれる指揮者って少ない。サロネンは3回もこの曲を録音しているだけに、曲を知りつくしているのだろう。シベリウスのコンチェルトを3回も録音している指揮者など、ほかにプレヴィンぐらいではないか。

休息時間に、ホールのロビーでジョセフォウィッツが公開のインタビューを受けていたが、その中でシベリウスのコンチェルトについて、技巧的に難しいだけでなく、オーケストラがドラマチックに書かれているので、オーケストラとの関係が難しいと語っていた。また作曲家としてのサロネンを「パワフルな曲を書く」と絶賛していたのが印象的だった。彼女はこの春に、サロネンのヴァイオリン協奏曲を初演している。

ちなみに、演奏とは直接関係ない話だが、このインタビューは英語で行われた。驚いたのは、通訳がつかなかったこと。ところが多くの聴衆が周りを囲んで熱心に彼女の話を聞いているのである。フィンランド人って、みんな英語ができるのか!?実は開演前にも、オーケストラの団員2人が出演して、同様のインタビューが行われていたが、やっぱり通訳はいなかった。さすが学力世界一の国(ただ念のため書いておけば、私は日本人も同様に、英語ができるようになるべきだとは思わない)。

閑話休題。いよいよメインのマーラーの6番。サロネンが振っているから当然かもしれないが、マーラーのごちゃごちゃした音響が実にすっきり整理されて聞こえてくる。でも単に整理されているだけでなくて、「これがオーケストラだ!」と言わんばかりに勢いよく鳴るオーケストラ、なかんずく9本のホルンの咆哮は快感だった。終演後、拍手喝采の中サロネンが真っ先に立たせたのもホルンのトップである。ただ曲の特性上、どうしても打楽器や管楽器が目立ってしまうが、個人的に惹かれたのが弦楽器である。ピッチがぴったり揃って1つの音として聞こえてくるのはもちろんのこと、意外と重量感のある濃厚な音色で、この人たちが5番のアダージェットを演奏したらどうなるだろうと、想像せずにはいられなかった。サロネン&フィルハーモニア管弦楽団の音色って、もっとあっさりしたイメージがあっただけに、ちょっと意外な発見。

終演後は観客が総立ち。国境を越えて聞きにきて良かったと満足できた演奏会だった。

2009年8月24日月曜日

サンクトペテルブルグ・アカデミー・バレエの「ロメオとジュリエット」

セルゲイ・プロコフィエフ バレエ「ロメオとジュリエット」

サンクトペテルブルグ・アカデミー・バレエ団

8月21日 アレクサンドリンスキー劇場 20:00~

日本では「サンクトペテルブルグ・アカデミー・バレエ」と呼ばれているようだが、こちらでは「ヤコブソン・バレエбалет Якобсона」という呼び名が一般的なようである。確かに、こちらには「アカデミー~」っていっぱいあるから、固有名詞をつけてくれたほうが分かりやすい。

バレエの「ロメオとジュリエット」は、2001年に大阪で見たことがある。ロストロポーヴィチの指揮で、「オーケストラル・バレエ」と銘打って舞台の真中にオーケストラ(新日フィル)が位置し、その周りでダンサーが踊るというものだった。バレエ団はリトアニア国立バレエ。なんでこんなことをしたかというと、ロストロポーヴィチはオーケストラをバレエの伴奏ではなく、バレエと同等の扱いにしたかったということ。彼によれば、作曲者のプロコフィエフもそれを望んでいたとか。今思いかえしてみれば、これが生のロストロポーヴィチを見た最初で最後の機会だった。結局、彼のチェロは聞くことができず。残念。

「ロストロポーヴィチの証言」って、実はあんまりあてにならないことが指摘されているので、本当にプロコフィエフがそんなことを言ったのかどうかは分からないけれど、でも楽しい舞台だった。やっぱり私は、バレエそのものよりもオーケストラに興味があるから。ところが今回の舞台は、それとは対照的。バレエが主役でオーケストラは伴奏。まあこれが普通なのだろうが、おかげで今頃になってロストロポーヴィチが何をしたかったのか、はっきりと理解できた感じ。

今回はまずオーケストラ(バレエ団の付属?)がヘタクソ。アマオケレベル。いや、日本のアマオケの中にはここよりもっと上手いところがたくさんある。おまけに今回の会場、もともと演劇用の劇場なので、音が全然響かない。ほとんど体育館状態。

でもバレエは確かに上手かった。あれこれ論じる語彙は持ちあわせていないけど、ジュリエット役のダンサーなど小柄な体で可憐に踊り、本当に「少女ジュリエット」という感じだった。それに比べると、ロメオのほうは少し立派過ぎたかも。全体としては、場面によってクラシック・バレエとモダン・バレエを上手く使いわけている感じで、いわば具象と抽象がまじりあい、刺激的だった。

でもやっぱり、オーケストラもしっかり鳴ってくれたほうが良いに決まっているわけで…。こうしてみると、バレエ団が優れているだけでなく、オーケストラの技術もしっかりしているマリインスキー劇場って、贅沢なところなのだなあと思えてくる。

2009年8月12日水曜日

マリインスキー劇場の「エフゲーニ・オネーギン」

ピョートル・チャイコフスキー 歌劇「エフゲーニ・オネーギン」

アレクセイ・マルコフほか、ミハイル・タタルニコフ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団

8月10日 マリインスキー劇場 19:00~

せっかくロシアに来ているのだから、もうちょっとロシアのオペラも見ようと、その代表格である「エフゲーニ・オネーギン」を見にいく。ちょうど今シーズン最後の公演で、この後一月半ほど、マリインスキー劇場は夏休みである。

シーズンの最後だから特別いい演奏をするかというと、別にそういうわけでもなく、オーケストラに関しては、有名なワルツやポロネーズなどもう少しメリハリのある演奏ができたはず。歌手はものすごくいいというわけではないが、でも特に問題も感じなかった(こういうのって、感想が書けない)。やっぱり歌に関しては、ネイティヴが有利かも。

インパクトがあったのは、第3幕の頭、有名なポロネーズによる舞踏会の場面。男女の黒と白の衣装の対比が実に鮮やかで、幕が開いた瞬間に客席から拍手が沸きおこったほど。こちらに来てから結構オペラの舞台を見たけど、視覚的なインパクトはこれが一番。演奏はまあまあでも、目で見て楽しめるのがオペラのいいところ。

それ以上にインパクトがあったのが、客席の反応。夏休みなので外国人客が多めとはいえ、もちろん大半はロシア人。とにかく拍手が熱狂的。終演後の拍手なんて、先月のスペイン国立バレエ団にも勝るとも劣らないほど。え、今日の演奏ってそんなに良かったっけ!?ロシア人って「オネーギン」が好きなのだろうなあ、きっと。そう思わざるを得ないほどの「愛」のこもった熱い拍手だった。こういう反応が楽しめるのは、「お国もの」ならでは。

2009年8月7日金曜日

マリインスキー劇場の「イェヌーファ」

レオシュ・ヤナーチェク 歌劇「イェヌーファ」

ラリーサ・ゴゴレフスカヤ、イリーナ・マタエヴァ、アレクサンダー・ティムチェンコほか

ガブリエル・ゲイネ指揮、マリインスキー劇場管弦楽団&合唱団

8月6日 マリインスキー劇場 19:00~

「白夜のスター」音楽祭が終わったのに、なんで8月10日までマリインスキー劇場を稼働させるかというと、8月は外からやってくる観光客が多いので、その人たち向けという側面があるのだと思う。実際、この時期の演目は「蝶々夫人」「ジゼル」「バフチサライの泉」など、一般受けしそうなものが多いが、その中で浮いているのがヤナーチェクの「イェヌーファ」。一番高い席でも600ルーブルという安さなのに、足を運んでみると結構空席が目立つ。やっぱりヤナーチェクって、マニアにはともかく、一般の人たちにはまだまだ受けいれられていないのかなあ。日本では最近、村上春樹が最新作『1Q84』(未読)で言及してくれたおかげで、ちょっとだけ有名になったのかもしれないけど。あるいは、「日本ヤナーチェク友の会」なんてものがあるぐらいだから、日本ではまだポピュラーなほうなのかもしれないと思ったりもする。

私にとってヤナーチェクは「大好き」というわけではないが、なんか気になる作曲家である。突っかかるような独特のリズムに、全面的に共感できるわけではないけれども、いつも最後は曲の持つエネルギーというか情念に押しながされる。少なくとも、ヴェルディやプッチーニよりはずっと共感しやすい。「イェヌーファ」を生で聞くのは初めてだが、改めてそのことを確認した。要するにこういう音楽が好きなのだなと。オペラといっても、イタリア・オペラのように名歌手がその美声を披露するものとは全く違う。(いい意味で)洗練されていない、土臭さがある。

歌手たちのチェコ語の発音がどの程度正確だったかは、もちろん分からない。ところどころ苦労しているようだったが、同じスラブ語系のせいか、全体としてはそんなに問題を感じなかった。そして最近お疲れ気味の演奏が多かったオーケストラが、意外と生気みなぎる演奏を披露してくれていて良かった。指揮者の手柄?他のヤナーチェクのオペラも見てみたい。残念ながら、そう簡単には巡りあえないだろうけど。

2009年8月6日木曜日

バフチサライの泉

ボリス・アサフィエフ 「バフチサライの泉」

スヴェトラーナ・フィリッポヴィチ指揮 マリインスキー劇場管弦楽団

8月5日 マリインスキー劇場 19:00~

スペインのバレエに触発されて、ロシアのバレエも見てみることにする。8月ということもあってか、先月よりも外国人が多いような気が。日本人と思しき人たちもチラホラ。バレエなので、本当はダンサーの名前を大きく載せるべきだが、基本的にバレエのことは分かっていないので省略。

「バフチサライの泉」のあらすじはこちら。もう「オリエンタリズム」の教科書みたいな世界だが、あまりにも典型的すぎて、それはそれとして楽しみましょうという気になる。タタール人の踊りもすべてクラシック・バレエの枠の中に入れられ、「ああバレエだ」というさまざまな見どころが用意されて、「安心して」見ていられる。

もちろん、踊り手のテクニックは抜群(だと思う)。

個人的に興味深いのは、1934年にソ連でこんな古典的なバレエが作られていること。幕が上がるとすぐに、物語の中心となるマリアが、バレエ特有の白い衣装を着て出てくる。バレエ・リュスを経てもまだ、こんな世界が残っていたのだ。でもプロコフィエフのソ連復帰後のバレエ(「シンデレラ」とか)も、似たようなものだっけ?ただ音楽のほうも、チャイコフスキーに毛が生えた程度の実に聞きやすい音楽。しかも作曲者のアサフィエフという人は、当時のソ連の音楽界に強い影響力を持っていた人なのだ。記憶違いかもしれないが、確か「シンフォニズム」とかいう概念を提唱して社会主義リアリズムの理論化に貢献したのではなかったっけ?1934年と言えば、ショスタコーヴィチの問題作、「ムツェンスク郡のマクベス夫人」が初演された年でもある。そう考えると、当時のソ連の音楽状況の混沌ぶりが見えてくるようだ。

指揮はこの世界には珍しい女性指揮者。しかもかなり激しい身振りの指揮ぶりで、見ている分には面白かったが、ちょっと空回り気味だったかも。